敵との共闘
国王から絶大な「全権」を与えられた俺は、その日のうちに、王城内に巨大な「北方街道整備司令室」を設置させた。
壁には、王国全土を覆うほどの巨大な地図が掲げられ、そこには無数の書き込みと、色分けされたピンが打ち込まれていく。
この、国家の存亡をかけた、前代未聞の巨大プロジェクトを動かすための、俺だけのチームを結成するためだ。
まず、技術顧問として、テュロス村からドワーフの棟梁、バルガスを緊急召喚した。
「旦那! またとんでもねえことを始めるんだってな! 面白え! 血が騒ぐぜ!」
彼は、この巨大な挑戦に、心からの喜びを隠さない。
次に、財務・物資管理の最高責任者として、リリアを任命。
「これほどの規模の予算…管理できるのは、この国広しといえど、私だけですわ」
彼女は、膨大な数字の山を前に、静かに、しかし絶対的な自信をみなぎらせている。
そして、数千人規模の労働者たちの規律を維持し、道中の安全を確保する、現場監督兼警備責任者として、エリアーナを任命した。
「ケイ様の、そしてこの国の生命線を、この私が命に代えてもお守りします!」
彼女は、騎士としての、最大の栄誉に身を引き締めている。
最強の布陣だ。
だが、俺にはまだ、決定的に足りないピースがあった。
この国の、迷宮のように複雑怪奇な行政手続きと、各地に根を張る、欲深く、そして面倒くさい貴族たちとの利権交渉。
それをスムーズに進めるための、強力な「潤滑油」であり、「交渉のプロ」が。
俺が、その最後のピースとして白羽の矢を立てたのは。
この国で、おそらく俺のことを、最も嫌っているであろう、あの男だった。
◇
「――なぜ、私が」
中央省庁の、埃っぽい資料室の片隅。
閑職に追いやられていたダリウス・フォン・ゲルラッハは、俺から突きつけられた「王命」を前に、屈辱に顔を歪めていた。
「なぜ、この私が、お前のような、家柄もなき成り上がりの下で、再び汚れ仕事を引き受けねばならんのだ!」
治水事業での功績(と、俺からのささやかな推薦)もあって、彼も中央に栄転はしていた。
だが、彼のあまりに正論で、そして堅物すぎる仕事ぶりは、旧態依然とした中央貴族たちに激しく煙たがられ、結果として、こうして飼い殺しにされていたのだ。
「北方街道整備計画の、行政最高責任者に任ずる。直ちに司令室へ出頭せよ」
その命令書を、彼はビリビリに破り捨てんばかりの勢いで、握りしめている。
俺は、そんな彼に、静かに、そして単刀直入に告げた。
「これは、俺個人の頼みじゃない。国が、滅ぶかどうかの瀬戸際なんだ」
「……!」
「あなたの信奉する、その立派な『法と秩序』は、国が存続してこそ、意味があるものじゃないのか?」
「その、誰よりも優れた行政手腕を、旧弊な貴族どものご機嫌取りや、資料室の埃を払うためだけに使っていて、本当にいいのか?」
俺は、彼の心の最も柔らかく、そして最も誇り高い部分を、容赦なく抉った。
「あなたのその力は、国そのものを守るためにこそ、使うべきなんじゃないのか、ダリウス・フォン・ゲルラッハ殿」
ダリウスは、しばらくの間、何も言わずに俺を睨みつけていた。
やがて、彼は、深いため息をつくと、観念したように言った。
「…いいだろう。その挑発、乗ってやる。だが、勘違いするな。私は、お前に従うのではない。国王陛下と、この国にのみ、忠誠を誓うだけだ」
こうして、かつての宿敵が、俺のチームに最も重要な協力者として加わった。
だが俺たちの共闘は、当然ながら史上最悪の船出となった。
「――非効率だ! この計画では、各領地を通る際の、貴族への根回しが一切考慮されていない!」
「――時間が無いんだ! 根回しなんぞしてる間に、帝国軍が攻めてきたらどうするんだ! 効率が最優先だ!」
「――手続きを無視した拙速な計画は、必ず後で破綻する! 秩序こそが、結果として最大の効率を生むのだ!」
「――その古い秩序のせいで、この国は滅びかけてるんだろうが!」
司令室では、連日、俺とダリウスの怒号が響き渡った。
思想もやり方も性格も、まさに水と油。正反対の俺たちは、事あるごとに激しく衝突した。
だが。
不眠不休で、この絶望的なプロジェクトと向き合う中で。
俺たちは、互いの、そして自分にはない、相手の本当の凄さを、認めざるを得なくなっていった。
俺が、前世の知識を基に提案する「ローマ街道」をモデルにした、中央部を盛り上げ、両脇に排水溝を設けた、全天候型の簡易舗装路の設計。その圧倒的な合理性に、ダリウスは舌を巻いた。
そして、ダリウスが持つ、この国の全ての法律や、貴族間の複雑怪奇な力関係に関する、膨大な知識。それを基にした、緻密で、そして一切の抜け道のない、完璧な根回しの手腕に、俺は心からの感嘆を覚えた。
「革新」の俺と、「秩序」のダリウス。
俺が描く、常識外れの青写真を、ダリウスが、この世界の現実に合わせて、完璧な計画書へと落とし込んでいく。
正反対の俺たちが、互いの弱点を補い合うことで、いつしか、この国で最強のコンビとして、機能し始めていたのだ。
そしてついに、王国全土を巻き込んだ、歴史上例のない巨大公共事業が、その幕を開けた。
ダリウスが起草した王命が、街道が通過する全ての領地の領主に対し、労働力と資材の提供を、半ば強制的に命令する。
リリアが、その膨大な物資の流れを、完璧な帳簿で一元管理する。
バルガスとエリアーナが、それぞれの工区の責任者として、現場へと飛んだ。
全てが、順調に進むはずだった。
だが全ての領主が、この国難に素直に協力してくれたわけではなかった。
特に、俺に深い恨みを持つ、あのロデリック辺境伯の領地からは、非協力的で、そして不穏な報告ばかりが、司令室へと上がってきていた。
そして、建設が開始されてから数日後。
それぞれの工区で、奇妙な「事故」が、多発し始めることになる。
俺たちのプロジェクトの裏で、もう一つの、見えざる戦線が、静かに、そして確実に、動き出していることを。
この時の俺は、まだ知る由もなかったのである。




