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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第9章:見えざる戦線

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王城(モデルケース)の改革

俺の反撃の最初のターゲットは、王城の心臓部であり、そして最大の伏魔殿――巨大な厨房だった。

百人近い料理人や下働きが、常に怒号と熱気の中で忙しく立ち働く、王国の胃袋を支える最重要拠点。

そして、その厨房を支配していたのは、王家に三代にわたって仕えてきたという、岩のように頑固で、そしてプライドの高い、初老の料理長だった。


「――最高顧問殿。陛下からのご命令とあらば、この厨房への立ち入りを拒みはいたしません。ですが」

料理長は、その分厚い腕を組み、俺を値踏みするように睨みつけた。

「我々の仕事は、長年の経験と勘、そして伝統に裏打ちされた、神聖なもの。素人の方が、気まぐれで口出しするような領域ではございませんぞ」


それは、丁寧な言葉でラッピングされた、最大限の「宣戦布告」だった。

だが、俺は喧嘩を売るつもりなど、毛頭なかった。

俺はまず、にこやかな笑顔で「ええ、もちろん。勉強させていただきます」と頭を下げ、数日間、ただ厨房の「視察」に徹した。


そして、俺のプロフェッショナルとしての目は、その神聖な職場が抱える、数々の致命的な「欠陥」を、次々と見つけ出していく。

食材の管理がずさんで、生肉を切った包丁とまな板で、そのままサラダ用の野菜が切られている、典型的な交差汚染)。

排水溝は、長年の油汚れで詰まり気味で、不快な悪臭を放っている。

そして、リリアが事前に集めてくれた情報通り、下働きたちの間では、周期的に原因不明の胃腸炎が流行しており、それを皆「流行り病」として諦めている。


視察を終えた俺は、料理長の元へ向かった。

そして、真正面から喧嘩を売るのではなく、彼が最も大切にしているであろうものを、くすぐることから始めた。

「料理長殿。あなたの作る料理は、まさに王国一の芸術品だと、感服いたしました」

「…お世辞は結構」

「いえ、本心です。ですが、最高の芸術品は、最高の環境からこそ生まれるもの。もし、この厨房から病人を一人も出さない、王国で最も清潔で安全な厨房を作り上げることができたなら…それは、料理長殿の輝かしい経歴に、新たな、そして最高の『誇り』を加えることになりませんか?」


俺のその提案に、頑固な料理長の眉が、ぴくりと動いた。



国王から与えられた「全権」という名の伝家の宝刀を背景に、俺はテュロス村で行った改革の「王城・完全版」を、圧倒的なスピードで実行していった。


まず、厨房の壁に、大きな木の板を設置する。

そこに、食材の管理方法から、調理器具の洗浄・消毒手順、そして最も重要な「調理前の手洗い」の徹底までを図解入りで示した、「王室厨房・衛生管理規定」を、大きく張り出した。


次に、ゴミの分別システムを導入。

生ゴミ、燃えるゴミ、そして金属や陶器といった資源ゴミ。それらを分別させ、ゴミ置き場を常に清潔に保つよう、徹底させた。


そして、最も大きな改革は、下働きたちの居住区画だった。

薄暗く、湿気の多かった彼らの部屋の壁に、換気用の窓を増設。そして、不衛生だった共同トイレを、換気扇付きの、清潔で匂いのないものへと作り変えた。バルガスに特別に設計させた、木炭と砂利を利用した簡易的な浄化槽まで設置する徹底ぶりだ。

最後に、厨房で使う全ての水と、下働きたちの全ての飲料水は、一度巨大な釜で完全に煮沸してから使用することを、絶対のルールとして義務付けた。


「面倒くせえ!」

「いちいち、やってられるか!」

最初は、変化を嫌う料理人たちから、当然のように不平不満の声が上がった。

だが、その声は、日を追うごとに、小さくなっていった。

自分たちの労働環境が、目に見えて清潔で、そして快適になっていくのを、その身で体感したからだ。

何より、あれほど彼らを苦しめていた、周期的な原因不明の胃腸炎が、ぱったりと発生しなくなったのだ。

下働きたちは、もはや俺のことを「口うるさいお偉方」ではなく、「自分たちの生活を救ってくれた救世主」として、心から慕い始めていた。



そして、改革開始から、一ヶ月後。

国王アルトリウス三世が、自ら厨房の視察に訪れた。

彼が目にしたのは、以前の雑然とした雰囲気とは全く違う、清潔で、機能的で、そして静かな活気に満ちた、理想的な厨房の姿だった。

床は、鏡のように磨き上げられ、不快な悪臭は完全に消え失せている。

料理人たちは、純白の衛生的な白衣を身につけ、無駄のない動きで、キビキビと働いていた。


国王の前に進み出たのは、あの頑固な料理長だった。

彼は、国王と、そして俺の前に、深く、深く、頭を下げた。

「陛下。ご報告いたします。この一ヶ月、この厨房の者から、病人は、ただの一人も出ておりません」

そして、彼は顔を上げ、誇らしげに続けた。

「それどころか、食材の廃棄ロスが、実に二割も減少し、結果として、料理の質そのものも、格段に向上いたしました…!」

「…あの若造…いえ、最高顧問殿の『理』は、我々が長年培ってきた『伝統』を、遥かに凌駕する、本物でございました…!」

プライドの高い彼が、俺を完全に認めた瞬間だった。


国王は、その変貌ぶりに、心から満足げに頷いた。

「見事だ、ケイ・ヴァイフ・ジノミヤ。そなたは、我が城の心臓部(厨房)と、その足元(下働き)を、見事に、そして完璧に、健全化してみせた」

「これで、反対するあの欲深い貴族どもを黙らせる、強力な『実績』という名の武器が、手に入った。王都全域への改革を、本格的に開始するぞ!」

この「モデルケース」の圧倒的な成功により、俺の能力に対する国王の信頼は、もはや絶対的なものとなったのだ。


その夜は、王城での成功を祝し、ささやかな宴が開かれた。

俺は、ようやく大きな仕事を一つやり終え、まあ、王城の中だけなら定時で帰れる日も近いかもしれない、と、久しぶりに心からの安堵のため息をついていた。


その和やかな宴の雰囲気を、切り裂いたのは。

一人の伝令兵の、血相を変えた、絶叫だった。


彼は、宴席に転がり込むように入ってくると、国王の前にひざまずき、震える声で報告した。

「―――陛下! 緊急報告にございます!」

「北の国境にて、隣国、グライゼン帝国軍が、大規模な集結を開始したとの報!」

「その規模、推定三万! これは、もはや、ただの軍事演習などではございませんっ!」


宴の和やかな雰囲気は、一瞬にして凍り付いた。

グラスを置く音さえも響くほどの、死のような静寂。

そして、極度の緊張が、その場にいた全ての者を、支配した。


国王の表情から、穏やかな笑みが、すっと消える。

代わりに現れたのは、冷徹で、そして一切の感情を排した、支配者の顔だった。

彼は、その鋭い視線を、宴席にいた俺へと、まっすぐに向けた。


内政問題という、一つの戦線で、ようやく勝利の光が見え始めた、その矢先に。

今度は、「戦争」という、全く次元の違う、そして避けることのできない、巨大な「見えざる戦線」が、突如として、俺の目の前に、その姿を現した。


俺の、平穏な日々への道が。

再び、そして、おそらくはもう後戻りできないほど、決定的に、閉ざされた瞬間だった。

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