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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第8章:中央という名の魔窟

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見えざる迷宮(ラビリンス)

国王から勅命を受けた俺は、早速行動を開始した。

俺に与えられた王都の執務室は、無駄に広いだけで殺風景だったが、そんなことはどうでもいい。俺は壁一面に、入手可能な限り最も精密な王都の地図を貼り付け、壮大かつ、俺に言わせれば「ごく当たり前」の計画を立案した。


計画1:清潔な水を供給する上水道と、汚水を市外へ排出する下水道を、王都全域に敷設する。

計画2:ゴミの分別と定期収集を制度化し、郊外に大規模な焼却処理施設を建設する。

計画3:食品の衛生管理や、伝染病発生時の隔離措置などを定めた、「公衆衛生法」を制定する。


リリアは、その計画の合理性に目を輝かせた。

「素晴らしい計画です、ケイ様! これが実現すれば、王都の平均寿命は、少なくとも10年は延びるでしょう!」

そう、実現すれば、の話だが。


俺たちは、リリアが作成した完璧な計画書を手に、王城内の各省庁へ、協力要請に向かった。

そして、そこで俺たちは、前世でさんざん味わった、あの悪夢のような現実と再び対峙することになる。


最初に訪れたのは、「王宮水路管理局」。

恰幅のいい、人の良さそうな局長は、俺たちの計画書に感心したように頷いた。

「ほほう、上水道ですか! これは素晴らしい! ですが最高顧問殿、誠に申し訳ないのですが、下水は我々の管轄外でしてな。そちらは、あちらの『都市浄化局』へ、どうぞ」


次に訪れた「都市浄化局」。

神経質そうな局長は、眉間に皺を寄せながら言った。

「下水ねえ…。まあ、我々の仕事ではありますが…。しかし、ゴミ処理はまた全く別の話ですな。それは、広場の向かいにある『環境整備院』の仕事ですよ」


そして「環境整備院」。

やる気のなさそうな院長は、欠伸をしながらこう言った。

「ゴミ収集は結構ですがねえ、貴族街のゴミは、我々ではとても手が出せません。あれは、偉いお歴々の『宮内省』の管轄ですので」


宮内省、大蔵省、建設省…。

俺たちは、一日がかりで、巨大な迷宮の中をたらい回しにされた。

全ての部署が、自らの縄張りを主張し、責任を押し付け合い、そして誰も、計画全体に責任を持とうとしない。

典型的な縦割り行政の弊害。まさに、見えざる迷宮ラビリンスだった。


「――貴方たちには、この国を、首都を、良くしようという気概はないのですかっ!」

ついに我慢の限界に達したエリアーナが、憤慨して叫ぶ。

だが、役人たちは「まあまあ、お嬢さんそう熱くならずに」と、柳に風と受け流すだけだった。


「行政が動かないなら、直接、有力者を動かすまでだ」

俺たちは次に、影響力のある大貴族たちへの、直接交渉を試みた。

だが、そこは、行政の迷宮よりも、さらに厄介な「既得権益の地雷原」だった。


とある老公爵の、趣味の悪いほど豪華な屋敷。

彼は、俺が提示した下水道の計画図を一瞥すると、扇子で優雅に口元を隠し、こう言った。

「ほっほっほ。我が家のこの美しい庭園は、初代国王陛下から直々に賜った、神聖な土地。その地下を、平民どもが垂れ流した汚物が通るなど、断じて許すわけにはまいりませんなあ」


また別の、有力な女侯爵のサロン。

彼女は、最高級のティーカップを、音も立てずにソーサーに戻すと、冷ややかに微笑んだ。

「ゴミ処理施設ですって? そのような、不潔で臭気の漂う施設を、我が屋敷の窓から見える場所に作られては、この美しい王都の景観が、損なわれてしまいますわ」


彼らの反対理由は、体面や伝統だけではない。

「なぜ、俺の土地ではなくあいつの土地に、国の金が投入されるのだ」

「改革によって、自分たちの影響力が低下するのは、虫が好かん」

そういった、どこまでも自己中心的で、矮小な利権争いが、全ての根底に渦巻いていた。


そして、その混沌に、さらなる追い打ちをかける者がいた。

俺の実の兄、カイルだ。

俺の計画が、貴族たちの抵抗にあって難航しているという噂を聞きつけた彼は、ここぞとばかりに、陰湿な妨害工作を開始したのだ。


俺たちが平民街で下水道のルートを測量調査していると、どこからともなく、子供の投げたものにしては、やけに正確な軌道を描く石が、俺の頭すれすれを飛んでくる。

「あの代官は、疫病神だぞ! あいつが来てから、井戸の水が、なんだかまずくなった気がするぞ!」

そんな根も葉もないデマが井戸端で囁かれ、いつの間にか街全体の噂として広がっていく。

俺たちに協力しようとしてくれた、平民街の代表者が、その日の夜道で何者かに脅迫され、翌日には青い顔で協力を辞退してくる。


テュロス村では、民衆を味方につけることで、俺は改革を進めてきた。

だが王都の平民たちは、長年の貴族への不信感から疑り深く、そしてデマにあまりにも踊らされやすかった。

俺は初めて、その民衆からも敵意の視線を向けられるという、本当の意味での完全な孤立を味わった。



その夜。

執務室に戻った俺は、壁の巨大な、しかし今や実現不可能にしか見えない計画図を前に、初めて本格的な無力感と、挫折感を味わっていた。

(ダメだ…。この街は、複雑すぎる…)

(一つの問題を解決しようとすると、十の利権と百の慣習が、まるで粘着質な蜘蛛の巣のように、絡みついてくる)

(テュロス村とは、ルールがあまりにも違いすぎる…!)


「ケイ様、お顔の色が…。今は、お休みください」

エリアーナが、俺の心身を、本気で案じている。

「…これほどの抵抗は、私の計算を遥かに超えていました。申し訳ありません、ケイ様…」

リリアでさえ、彼女の絶対的な武器である「数字」が、この非合理な壁の前では無力であることを悟り、うつむいていた。


俺は、執務椅子に、深く深く身を沈めた。

そして、目を閉じる。

数分間の重い沈黙。


やがて俺は、ゆっくりと目を開いた。

その目には、もはや絶望の色はなかった。

代わりに宿っていたのは、新たな、そしてより危険な獲物を見つけた、狩人のような冷たい闘志の光だった。


「…分かりました」

俺は、静かに立ち上がった。

「正面から、この迷宮を突破するのが無理だというのなら…やり方を、変えるまでです」


俺は、壁の地図の一点。

この王都で、最も巨大で最も堅固で、そして最も権威のある場所。

――王城そのものを、人差し指で、力強く指し示した。


「一番硬くて、そして、一番単純な壁から、穴を開ける」


巨大な壁を前に、一度は絶望しかけた俺の、静かな、しかし確実な反撃の狼煙が上がった瞬間だった。

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