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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第8章:中央という名の魔窟

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王都からの勅令

あの「奇跡の日」から、数ヶ月。

領都は、すっかり平穏を取り戻していた。

「辺境の賢者」という、何とも気恥ずかしい称号を与えられた俺は、しかしその実態は相変わらず地味な書類仕事に追われる日々を送っていた。

浸水地域の復興計画書のチェック。

リリアが組合長となった、新興商業ギルドからの条例改正案のレビュー。

ダリウスが作成した、河川交通の通行料に関する、クソ分厚い予算案の査定。


だが、以前と決定的に違うことが一つだけあった。

俺の周りには、今や王国でも最高レベルに有能なスタッフたちが揃っていたのだ。

リリア、ダリウス、エリアーナ。彼らとの連携はもはや阿吽の呼吸で、俺が作り上げたシステムは、完璧に軌道に乗っていた。

そのおかげで、俺はついに、この世界に来て初めて、念願の「ほぼ定時退勤」を実現しつつあったのだ。


「うん、組織作りは順調そのものだ。この調子なら、来月には完全週休二日制を導入できるぞ…!」

執務室の窓から、穏やかな街並みを眺めながら、俺はささやかな、しかし確かな幸福を噛みしめていた。

そう、このまま、このまま平穏な日々が続いてくれれば、それでよかったのだ。



その頃。王都。

壮麗だが、どこか停滞した空気が漂う王城の奥深く。

国王アルトリウス三世は、宰相から提出された「領都の奇跡」に関する最終報告書を読み終え、静かに目を閉じていた。


「…ほう。治水だけでなく、経済まで立て直したか。しかも、魔法も神への祈りも一切使わず、ただ『理』だけで、だと」

国王は、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、冷徹な支配者だけが持つ、鋭い光が宿っている。

彼は、王権を強化するために、旧態依然とした大貴族たちの権力を、根こそぎ削ぎ落としたいと考えていた。だが、彼らに対抗するための、強力な人材と、誰にも文句を言わせない圧倒的な「実績」が、決定的に不足していた。


そこへ、彗星の如く現れたのが、俺、ケイ・ヴァイフ・ジノミヤという存在だった。

家柄も、魔力もない。だが、誰にも否定しようのない「結果」だけを、淡々と叩き出す男。

国王の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。

「面白い。貴族共の、あのふんぞり返った鼻を明かすには、これ以上ない逸材ではないか」

彼は、俺という存在に、自らの野望を推進するための、絶好の「駒」としての価値を、見出したのだ。


「よし、決めた」

国王は、宰相に短く、そして決定的な命令を下した。

「その『辺境の賢者』とやらを、王都へ呼べ。我が国の、長年にわたって溜まりに溜まった『膿』をその『理』で、どこまで切り裂けるか。存分に試させてもらうとしよう」



俺のささやかな平穏は、ある日突然、終わりを告げた。

領都の民衆が息を呑む中、王家の紋章である「金獅子」を掲げた黒塗りの壮麗な馬車が、庁舎の前に到着したのだ。

これまでとは、明らかに格が違う。中央からの本物の使者の到来だった。


そして、その馬車から降りてきた人物を見て、俺もオルバン伯爵もダリウスさえもが、絶句した。

国王の側近中の側近である、あの老獪な宰相、その人だったからだ。

宰相が、直々に、こんな辺境の地方都市を訪れるなど、前代未聞、いや、異常事態だった。


宰相は、出迎えた俺たちの前で、国王陛下からの勅令が記された、豪奢な羊皮紙を恭しく広げた。

そして朗々と、しかし有無を言わせぬ響きを持った声で、読み上げた。


「――国家再建最高顧問、ケイ・ヴァイフ・ジノミヤ殿に、勅命である!」


(……は? 国家再建…最高顧問…? なんだその役職は? 俺、いつの間にそんな大層なものに…?)

俺が、内心で混乱しているのを、宰相は全く意に介さない。


「その類稀なる才を、一領地のものに留めておくは、国家にとっての計り知れない損失である!」

「よって、直ちに王都へ参内し、国王陛下に拝謁すべし!」

「以降は、陛下の最も近しい側近として、この停滞した王国全体の改革にその身を捧げることを、ここに命ずる!」


それは、栄転という名の甘い蜜を塗った、拒否権のない強制召喚だった。


オルバン伯爵が、俺の肩を力強く叩いた。「…行ってこい、我が領の誇りよ」。

エリアーナが、感激に打ち震えている。「ケイ様が、ついに陛下の側近に…! どのような魔窟であろうと、この私が、必ずやお守りします!」

リリアが、静かだが、燃えるような決意を瞳に宿している。「王都…。私も、行きます。ケイ様のお力になるために。そして、私自身の過去に、決着をつけるために」


仲間たちが、それぞれの覚悟を決める中。

俺だけが、血の気の引いた真っ白な顔で、立ち尽くしていた。

(国家再建…最高顧問…? 陛下の側近…? 王国全体の、改革…?)


俺の脳裏に前世の記憶が、鮮やかにそして残酷に蘇る。

深夜まで煌々と明かりが灯る、市役所の窓。

終わらない書類の山。鳴りやまない電話。

そして、「過労死」という、あのあまりにもあっけない、三文字。


ようやく手に入れたはずの、俺の平穏な日々が、ガラスのように、粉々に砕け散る音が、聞こえた。


俺は心の中で、これまでの人生で、最も大きな声で、絶叫した。

(――俺の、定時退勤は、どこへ行ったんだあああああああっ!!)


俺の、新たなそして全く望んでいない戦いが。

今まさに、始まろうとしていた。

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