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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第7章:奇跡の日

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夜明けと英雄の誕生

長い、長い夜が明けた。

あれほど世界を叩きつけていた暴風雨は、嘘のようにその姿を消し、雲の切れ間から、柔らかな朝日が差し込み始めていた。

嵐の轟音は、鳥のさえずりが聞こえるほどの静寂へと変わり、雨に洗われた街の全てが、まるで新しく生まれ変わったかのように、神々しく輝いている。


避難所となっていた大神殿や城から、民衆が、おそるおそる姿を現した。

彼らが見たのは、二つの、対照的な光景だった。

旧市街の一部は、決壊した濁流によって泥にまみれ、その爪痕を痛ましく残している。

だが、商業区をはじめとする、街の心臓部は、朝日を浴びて、奇跡のように、全くの無傷でそこにあった。


そして、その街を守るように、黒々と、しかしどこまでも頼もしくそびえ立つ、巨大な白亜の新堤防。

その内側には、街が飲み込むはずだった全ての災厄を、その身に引き受けて、満々と水をたたえ、朝靄に煙る、広大な遊水地が、静かに広がっていた。

それは、破壊の跡ではない。

自分たちの未来を守った、希望の湖だった。


民衆は、自分たちの家や店が無事であることを確認し、最初は、その事実が信じられないという表情で、ただ立ち尽くしていた。

やがて、誰からともなく、嗚咽が漏れた。

その嗚咽は、安堵の涙となり、そして最後には、爆発的な、天を揺るがすほどの、歓声へと変わった。


「うおおおおおおっ!」

「助かったんだ! 俺たちの街は、救われたんだ!」


彼らの視線は、熱狂と感謝を込めて、街を守った巨大な堤防と、そして、それを築き上げた、ただ一人の男へと、注がれた。

彼らはもはや、俺をただの代官とは呼ばなかった。


「――賢者様、万歳!」

「治水の聖者、ケイ様、万歳!」


民衆は、自分たちの命と財産、そして未来を救った、神話的な英雄の名を、何度も、何度も、叫び続けた。



その歓声を、俺は城壁の上から、仲間たちと共に聞いていた。

オルバン伯爵が、もはや領主としての威厳などかなぐり捨て、一人の人間として、俺の前に進み出た。その目には、深い感謝と、畏敬の色が浮かんでいる。

彼は、俺の手を両手で力強く握りしめ、深く深く頭を下げた。


「代官ケイ…。いや、我が領の、そして民の、救い主よ。…感謝の言葉も、見つからん」


ダリウスもまた、俺の前に進み出ると、完璧な騎士の敬礼をした。その表情には、もはや嫉妬の色など欠片もなかった。

「…完敗だ。いや、完敗以上の何かを、私はあなたから学んだ。これより、我が知識と秩序、その全てを、あなたのために捧げよう」


遠くの大神殿の塔の上から、ヴィクトル主教が、その光景を、苦々しく、そして敗北感に打ちひしがれて見つめている。民衆が、神ではなく、一人の人間を、これほどまでに称えている。

彼の、完全な敗北だった。

彼は、何も言わず、静かにその場を立ち去った。


オルバン伯爵は、民衆の歓声に応えるように、そして、歴史の新たな一ページを刻むように、高らかに、宣言した。


「これより、代官ケイ・ヴァイフ・ジノミヤに、『辺境の賢者』の称号を与える!」

「その名は、この領都の歴史と共に、未来永劫、語り継がれるであろう!!」


その宣言は、地鳴りのような歓声によって、迎えられた。

エリアーナは、その隣で、誇らしげに涙を拭い、リリアは、心からの笑みを浮かべて、拍手を送っている。


そして、その歓声の中心にいる俺は。

仲間たちに肩を叩かれ、民衆の熱狂に包まれながらも、その内心は、いつも通り、どこか冷めていた。

(辺境の賢者か…。ずいぶんと、大げさなことになったもんだなあ…)


俺は、朝日を浴びる、生まれ変わった領都を眺めながら、心の中で、静かに、しかし心の底から切実に呟いた。

(…これで、しばらくは大きな仕事もないだろう)

(明日こそ定時で帰って、ゆっくり釣りがしたい…)


だが。

俺のその偉業と、新たに与えられた「賢者」という、あまりにも大きな称号は。

一陣の風となって、この国の中心――王都に座する、国王の耳へと、瞬く間に届けられることになる。

俺の平穏な日々がこれまで以上に、そして、はや後戻りできないほど、決定的に遠ざかってしまったことを。


この時の俺はまだ、知る由もなかったのである。

こうして、俺の意図とは全く無関係に。

俺の、長くてそして終わりの見えない、英雄としての物語が、静かに幕を開けてしまったのだった。

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