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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第5章:黒い雨と神の沈黙

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神罰という名のプロパガンダ

数日後、ヴィクトル主教は、大神殿の前の広場に多くの民衆を集め、大規模な説法会を執り行った。

荘厳な聖歌が響き渡り、清らかな香が焚かれる中、純白の祭服に身を包んだ主教が、祭壇の上に立つ。その姿は、まさに神の言葉を地上に伝える、聖なる代弁者のようだった。


彼は、集まった民衆に対し、悲痛な、そして憂いに満ちた表情で語りかける。

「愛する我が子羊たちよ。私は、この街を覆い始めた、不吉な気配に、心を痛めている…」

その演技がかった嘆きに、民衆は「何事だろうか」と、ざわめき始める。


ヴィクトル主教は、そのざわめきを待っていたかのように、腕を大きく広げ、治水工事が行われている川辺の方角を指さした。

「見よ! あの川辺で行われている、人間の驕り高ぶった行いを! 神の領域である大河の流れを、人の浅知恵と、土くれと石ころで、意のままに縛り付けようとしている!」

彼の声は、次第に熱を帯びていく。

「神は慈悲深いが、その怒りは計り知れない! もし、天がその行いに怒り、我々に罰を下すならば、その原因は、異郷から来た『賢者』を名乗る若者の、その傲慢さにあるのだ!」


彼は、ケイという個人名を巧みに避けながらも、誰もが俺のことだと分かるように、聴衆の敵意を巧みに誘導していく。

「災いの元凶」「神への冒涜者」。

そんな言葉が、広場に不穏な空気となって満ちていく。


そして、彼はクライマックスとばかりに、天を仰ぎ、両腕を突き上げて、芝居がかった仕草で絶叫した。

「神の怒りは近い! 天は汝らの愚行を、静かに見ているぞ!」

「やがて天は、その悲しみのあまりに、黒き涙を流すであろう!!」


その予言とも言うべき言葉が、広場に響き渡った、まさにその瞬間だった。

まるで彼の言葉が、天に届いたとでもいうかのように。

それまで晴れていた空がにわかにかき曇り、ぽつりぽつりと、大粒の雨が降り始めたのだ。


「おお…!」

「主教様のお言葉通りに、雨が…!」

民衆が、驚きと畏敬の声を上げる。


だが、彼らの驚きは、すぐに恐怖へと変わった。

その雨は、普通の雨ではなかった。

まるで、すすを溶かし込んだかのように、黒ずんだ、薄汚い雨だったのだ。

その黒い雨は、人々の着ている白い服や、広場の美しい石畳に、点々と、不吉な黒い染みを作っていく。


「な、なんだ、この雨は…!?」

「黒い…雨が、黒いぞ…!」

「主教様の言われた通りだ…! 天が、黒い涙を流しておられる…!」

「神罰だ! 神罰が下るぞ!」


民衆は、完全にパニックに陥った。

目の前で起きた、あまりにも分かりやすい「奇跡」と、主教の予言が完璧に結びついた結果だった。

人々は、恐怖に駆られ、悲鳴を上げながら、我先にと家に逃げ帰っていく。

ほんの数分前まで、人で埋め尽くされていた広場は、恐怖と混乱、そして黒い雨の染みが残るだけの、不気味な空間と化した。


祭壇の上から、その光景を見下ろし、ヴィクトル主教の口元に、満足げな、そして蛇のように冷酷な笑みが浮かんだ。

(計画通りだ…。愚かな民衆など、この程度の分かりやすい演出で、十分すぎるわ…)



その黒い雨は、治水工事の現場にも、無慈悲に降り注いだ。

職人たちの多くは、日々の暮らしの中で、神を敬う敬虔な信者たちだ。

この、あまりにも不吉で、異常な現象に、彼らは恐怖を覚えた。


「おい、見たかよ、この雨の色を…」

「ああ…。大神殿の、ヴィクトル主教様が言ってた通りじゃねえか…」

「俺たちは…もしかして、本当に、神様の怒りを買うような、とんでもねえ仕事をしてるんじゃねえか…?」

「俺はもうごめんだ! 家族がいるんだ! 神様に呪われてたまるかよ!」


一人が、手にしていた工具を投げ出した。

その行為が、まるで伝染病のように、現場全体へと広がっていく。

あれほど活気に満ち、一つのチームとして機能していた現場から、職人たちが、一人、また一人と、逃げるように去っていく。

工事は、完全に中断を余儀なくされた。


「てめえら、どこへ行く! 旦那の仕事を、途中で放り出す気か!」

バルガスの怒号が響き渡るが、神罰への根源的な恐怖に駆られた職人たちを、引き留めることはできなかった。

エリアーナもまた、現場の規律を維持しようとするが、相手は敵兵ではない。恐怖に怯える、罪のない民衆だった。騎士としての彼女の力では、人々の心を縛り付けることは、到底不可能だった。


民衆の不安と不満の矛先は、その全ての原因とされた、俺一人へと集中した。

「あの代官が、この街に来てから、ろくなことがない!」

「あいつこそが、この災いを呼んだ、疫病神だ!」

俺が滞在する代官の執務室の窓には、泥や石が、雨のように投げつけられた。


そこへ、オルバン伯爵からの使者が訪れた。

彼が伝えてきたのは、味方であったはずの伯爵からの、事実上の敗北宣言だった。

「伯爵様より、ご伝言です。『領内の混乱は、もはや看過できぬ。事態が沈静化するまで、一時治水工事を中断し、謹慎せよ』とのことにございます」


教会、民衆、そして領主。

俺は論理や理屈が全く通用しない、「信仰」と「恐怖」という名の見えない巨大な壁に、完全に包囲されてしまったのだ。


仲間たちが心配そうに、あるいは悔しそうに、俺の顔色を窺っている。

絶体絶命の四面楚歌。

しかし俺の表情には、不思議なほど焦りや恐怖の色はなかった。


俺は窓ガラスに付着した、黒い雨の雫を指でそっとぬぐい取る。

そしてその黒い液体を、光にかざすようにして、じっと観察していた。

その目は、まるで、これまで出会ったことのない、興味深い研究対象を前にした、一人の科学者のように、冷静で、そして好奇心に満ちた光を宿していた。


「…なるほど。面白い現象じゃないか」


俺の予期せぬ呟き。

俺がこの非科学的に見える現象の裏に潜む、「科学的な真実」を見抜こうとしていることを。

そして俺の静かな反撃が、すでに始まっていることを。

その場にいた誰もが、まだ知る由もなかった。

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