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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第4章:治水という名の宣戦布告

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総責任者という名の茨の道

「治水事業総責任者」。

オルバン伯爵から、その大層な肩書を与えられた俺だったが、現実はそう甘くはなかった。

俺に与えられたのは、領都の一角にある、埃っぽい、資料も何もない空き部屋だけ。伯爵からの勅命という「錦の御旗」はあれど、俺に積極的に協力しようとする役人や組織は、ただの一人もいなかった。


謁見の間で俺の手腕に驚愕していたはずの家臣団も、いざ実務となると「よそ者のお手並み拝見といこうか」と、高みの見物を決め込んでいる。

まあ、分かってはいた。

プロジェクトの成否は、いつだって、この初期段階の「ヒト・モノ・カネ」の確保で決まるのだ。


「――まずは、予算の申請からですね」

俺は、前世で作り慣れたフォーマットに則り、必要最低限の予算申請書を作成した。

だが、その申請書は、ことごとく、あのエリート官僚ダリウスの部署で、止められた。


「前例がありませんな、この申請書は」

「規定の書式と、著しく異なります」

「そもそも、この事業計画自体が、三つの課の承認印を得ておりません」


ダリウスは、謁見での屈辱を晴らすかのように、法と規則という名の、粘着質な蜘蛛の巣で、俺の計画を徹底的に遅延させようとしてきた。

典型的な、お役所仕事によるサボタージュだ。


予算がなければ、資材も人材も確保できない。

プロジェクトは、開始早々完全に座礁しかけていた。


「くっ…! あの男、どこまでも我々の邪魔を…!」

エリアーナが、悔しげに拳を握りしめる。

俺もまた、「ここまで非協力的とは…前世の市役所より、よっぽどひどいな」と、頭を抱えるしかなかった。



「――ケイ様。突破口は、あります」


その夜。追い詰められた俺たちの作戦会議で、静かに口を開いたのはリリアだった。

彼女は、ダリウスの部署から取り寄せた、過去数年分の治水事業に関する、膨大な予算報告書の束を、黙々と読み解いていたのだ。


「この帳簿…嘘だらけです」

「なんだって?」

彼女は、俺が教えた複式簿記の知識を応用し、旧来のどんぶり勘定で書かれた帳簿の、驚くべき矛盾点を、次々と暴き出していく。


「見てください。この石材費、当時の市場価格の、三倍の値段で計上されています。差額は、一体どこへ消えたのでしょう?」

「この人件費もおかしいです。記録によれば、存在しないはずの『幽霊作業員』が、五十人も雇われていますね」

「極めつけは、これです。『神への祈祷費用』として、事業費の四割が、ヴィクトル主教の大神殿へ流れています。効果測定の項目は、どこにもありませんが」


リリアが指し示す数字は、ダリウスが私腹を肥やしていたというより、この領都の行政そのものが、長年の慣例という名の「癒着」と「腐敗」に、蝕まれきっているという事実を、無慈悲に物語っていた。


そして、そのリリアがまとめた完璧な「不正経理の証拠リスト」は、俺にとって、膠着した状況を打破するための、何より強力な「武器」となった。



次の一手は、人材と資材の確保だ。

俺は、テュロス村から、ドワーフの棟梁であるバルガスを、急遽呼び寄せた。


「旦那、呼んだかい。領都の連中が、言うことを聞かねえんだって?」

豪快に笑う彼を、俺はまず、協力を拒否している職人ギルドへと連れて行った。

ギルドの親方たちは、俺の顔を見るなり、「俺たちは、あんたみたいな若造の指図は受けねえ」と、相変わらずの態度だった。


その時、俺の後ろに控えていたバルガスが、静かに前に進み出た。

そして、俺が描いた、あの用水路の設計図を、親方たちの前に叩きつけるように広げた。


「――てめえらの目は、節穴か」


ドワーフの、腹の底から響くような声。

「この図面の本当の凄さが、てめえらには、分からねえのか! これが分からねえなら、石工なんざ、今すぐやめちまえ!」


ドワーフという種族が持つ、石工としての絶対的な権威。そして、本物を見抜く本物の職人の眼。

バルガスの魂の叱咤に、あれほど威張っていた親方たちは、ぐうの音も出せずに、ただ黙り込むしかなかった。


さらに、バルガスは、彼独自のドワーフネットワークを使い、ギルドに属さないが腕は確かな、一匹狼の職人たちを、次々と領都に集め始めた。

資材も、旧商人ギルドが買い占めている市場からは買わない。ドワーフしか知らない、秘密の採石場から、より安価で、より良質な石材を、直接調達するルートを、確保してくれた。


「ヒト」と「モノ」の問題は、バルガスという最強の仲間によって、一気に解決へと向かった。

そして、残るは、最大の壁である「カネ」――すなわち、ダリウスとの直接対決だった。



「――失礼しますよ、ダリウス殿」

俺は、アポイントも取らずに、ダリウスの執務室の扉を開けた。

彼は、俺の顔を見るなり、あからさまに不快な表情を浮かべる。

「何の用だ、代官殿。私は忙しいのだが」


俺は何も言わず、彼の机の上に、リリアがまとめた、あの「不正経理の証拠リスト」を、静かに置いた。

「…これは、何だ」

「あなたの、そしてこの役所の、『丁寧なお仕事』の記録です」


ダリウスは、訝しげにそのリストに目を通し始めた。

そして、その内容を理解するにつれ、彼の端正な顔から、すっと血の気が引いていくのが分かった。

「な…! ば、馬鹿な…これは…!」


「あなたの仕事は、実に丁寧で、法律に則っている。だが、丁寧すぎて、いくつかの数字が合わないことに、お気づきではなかったようだ」

俺は、静かに、しかしはっきりと告げた。

「このリストを、そのままオルバン伯爵閣下にお見せすることも、できますが…どうしますか?」


ダリウスは、屈辱に唇を震わせ、俺を睨みつけた。

彼は、自分のプライドのために俺を妨害していたが、私腹を肥やしていたわけではない。だが、慣例として行われてきた不正を、長年にわたって見逃してきた責任は、免れようがなかった。


俺は、そんな彼に、意外な「取引」を持ちかけた。

「私は、あなたのこれまでの行いを、伯爵に報告するつもりはありません」

「…なんだと…?」

「その代わり、あなたには、私のこの治水事業の、行政責任者として、その有能な事務能力を、存分に発揮していただきたい」


俺は、彼の目を見つめて言った。

「あなたの『法と秩序』への信念は、本物だ。だが、その力が、旧弊な慣習を守るためだけに使われるのは、この国にとって、あまりにも大きな損失だ。そうは、思いませんか?」


俺は、彼の能力と、その心の奥底にあるはずの信念を、認めた上で、より大きな目的のために協力するよう、促した。

ダリ-ウスは、しばらくの間、呆然としていた。

やがて、彼は、椅子からゆっくりと立ち上がると、深く、深く、頭を下げた。


「…完敗だ。代官殿」

彼が顔を上げた時、その表情から、俺への敵意は消えていた。

「よかろう。その取引、受けよう。その代わり、中途半端な仕事を見せたら、私が最初に、あなたを法の下に弾劾する。…それで、いいな?」


その目は、もはやただの敵対者ではなく、好敵手ライバルとして、そして、同じ目的を目指す協力者としての、覚悟の光を宿していた。

こうして、俺のプロジェクトに、最も手強い敵であったはずの最強の行政官が加わった。


ようやく、俺たちの治水事業は本当の意味で、そのスタートラインに立ったのだ。

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