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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第3章:テュロスの市場と最初の牙

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招かれざる客

テュロス市場の成功は、俺の想像を遥かに超えるものだった。

開設からひと月も経つ頃には、噂が噂を呼び、近隣の村だけでなく、領都からも多くの人々が訪れる、地域の一大物流拠点となっていた。

リリアの帳簿に記される利益は、日を追うごとに膨れ上がっていく。

村は活気に満ち、誰もが未来への希望を語っていた。


だが、光あるところには、必ず影が差す。

その兆候は、市場での些細なトラブルとして、最初に現れた。


その日、市場に現れたのは、これまでの行商人たちとは明らかに雰囲気の違う、ガラの悪い傭兵崩れのような男たちだった。彼らは商品を冷やかすだけで何も買わず、鋭い目で市場の警備体制や、金銭がどこに集められているかを、執拗に観察していた。


そして、男たちの一人が、果物を売る老婆の店で、代金を支払わずに立ち去ろうとした。

老婆が震える声でそれを咎めると、男は「ああ? こんな辺境の村のルールなんぞ、知るかよ!」と凄み、腰に下げた錆びたナイフを、これ見よがしにちらつかせた。


その時だった。

「――そこまでです」

静かだが、凛とした声が響いた。

市場の警備を担当していたエリアーナが、男の前に静かに立ちはだかる。

「ここは、代官ケイ・ヴァイフ・ジノミヤ様が治める土地。ここでは、我々の法に従っていただきます」

彼女の、騎士としての揺るぎない態度と、腰の長剣が放つ本物の威圧感に、男たちは一瞬怯んだ。そして、忌々しげに舌打ちしながらも、渋々代金を老婆の前に投げ捨てると、捨て台詞を残して去っていった。

「…覚えてろよ、女騎士サマよぉ」


市場管理事務所で、エリアーナからその報告を受けたリリアは、帳簿の手を止めて、静かに眉をひそめた。

「…ただのいちゃもんとは思えません。柄の悪い連中が、最近増えているのも気になります。これは…偵察かもしれませんわ、ケイ様」


リリアの懸念は、正しかった。



その夜。テュロス村を見下ろす、薄暗い森の中。

市場でトラブルを起こした男たちが、焚き火を囲む一人の大男に、報告を行っていた。

かしら、間違いありません。あの村には、大した警備もなしに、かなりの金と物資が集まっています」

「仕切ってるのは、小生意気な女騎士と、商人の小娘だけのようです。あとは女子供ばかり。良いカモですぜ」


報告を受けた山賊団の頭目は、かつて自分たちが「痩せ犬しかいない」と見向きもしなかったテュロス村の、そのあまりの変貌ぶりに、舌を巻いていた。

彼は、羊皮紙に描かれた粗末な地図を広げ、村への侵入経路を指でなぞる。

「よし、次の満月の夜に襲撃する。油断しきっている村だ、赤子の手をひねるようなものだろう」

彼は、そう言って不気味に笑うと、焚き火のそばに突き立てていた、自らの大剣を手に取った。

その豪奢な柄頭には、鷲を模した、特徴的な紋章が鈍く輝いていた。

「…『あの方』への手土産も、たんまりと確保させてもらうとしようや」



「――完全に、狙われていますね」

代官の執務室。エリアーナとリリアからの報告を受けた俺は、即座にそう結論付けた。

「利益が生まれれば、それを狙う犯罪者が現れるのは、世の常です。我々は、これまで『攻め(経済発展)』ばかりに注力して、『守り(防衛)』の意識が、あまりにも希薄だった」


俺の頭は、すでにスローライフのことなど忘れ、危機管理モードに切り替わっていた。

俺は、壁に貼られたテュロス村の精密な地図の前に立つ。

前世で、災害対策(台風や地震)のために、嫌というほど作成した「ハザードマップ」の知識。それが今、全く別の形で役に立つ時が来た。


俺は、敵の思考をトレースし、侵入してくる可能性のあるルートを、一つ一つ指で潰していく。

「南の川沿いは、開けていて見通しが良すぎる。奇襲には向かない」

「東の街道は、最も警戒されているルートだ。ここから来るのは愚策だ」

「…問題は、この森に面した西側だ。ここは夜陰に乗じて、大群が気づかれずに村のすぐそばまで接近できる、唯一の脆弱なポイント(ウィークポイント)だ」


敵が攻めてくるとしたら、ここしかない。

俺は、侵入経路を一点に絞り込むと、「テュロス村・防犯マニュアル 第1版」と題した羊皮紙に、具体的な防衛計画を、猛烈な勢いで書き出し始めた。

それは、軍事的な知識ではない。

あくまで、俺が前世で培った、危機管理と、土木工学の知識に基づいた、合理的な防衛システムだった。


翌日、俺は仲間たちを集め、防衛計画を説明した。

「――バルガスさん。あなたの出番です」

俺は、バルガスに設計図を見せる。

「村の西側、森との境界線に沿って、深さ2メートル、幅3メートルの空堀からぼりを掘ってください。掘った土は、村側に盛り上げて、簡易的な土塁どるいにします。さらに、森の中に伐採した木の枝で逆茂木さかもぎを仕掛け、敵の進軍速度を徹底的に低下させます」

バルガスは、そのあまりに実践的で、合理的な設計に、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

「へっ、戦争ごっこか? 面白えじゃねえか! 任せとけ、旦那!」


「――エリアーナさん」

俺は、エリアーナに向き直る。

「あなたには、村の若者たちを集め、有事の際の指揮系統を明確にしていただきます。誰が隊長で、誰が伝令で、どういう合図で動くか。重要なのは、個々の武勇ではありません。組織として、一つの生き物のように動くことです」

エリアーナは、自らの専門分野で頼られたことに、喜びと責任感で身を引き締める。

「承知いたしました! それこそが、騎士団の基本戦術です!」


「――そして、リリアさん」

最後に、俺はリリアに告げた。

「あなたには、後方支援の全てを任せます。有事の際の、武器(改造した農具)、食料、医療品(薬草や布)の備蓄場所と、それをどう分配するかの管理計画を立ててください。情報は、戦いの生命線です。正確な状況把握と、各部署への伝達をお願いします」

リリアは、その重大な任務に、冷静に、しかし力強く頷いた。

「お任せください。全てを帳簿に記録し、完璧に管理してみせます」


仕上げに、俺は村の西側を一望できる大木の上に、簡易的な見張り櫓の建設を指示した。

俺の指示のもと、テュロス村は、静かに、しかし着実に、平和な商業の村から、自衛のための「要塞」へと、その姿を変えていった。

村人たちは、俺のあまりに的確な指示に、「賢者様は、未来に起こる災厄さえもお見通しなのだ」と、もはや何の疑いもなく信じ、防衛設備の建設に汗を流している。


数日後、全ての防衛設備が、完璧に完成した。

村は、一見すると、いつもと変わらない平和な日常を取り戻している。

だが、森の奥深くでは、山賊たちが、獲物を前にした狼のように、満月が空の頂点に昇る、その瞬間を、今か今かと待ち構えていた。

平和な村の日常と、すぐそこに迫る暴力的な脅威。

その静かな対比が、嵐の前の静けさのように、空気を張り詰めさせていた。


そして――運命の、満月の夜が来た。

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