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無能と追放された俺の「常識」、どうやらこの世界では神の叡智らしい ~定時で帰りたいのに辺境再建から始まる国家再生計画(プロジェクト)~  作者: ヲワ・おわり
第3章:テュロスの市場と最初の牙

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前例のない収穫

そして、季節は巡り、実りの秋が訪れた。

テュロス村の農夫たちは、自分たちの目の前に広がる光景を、ただ呆然と見つめていた。


地平線まで続くかのような、黄金色の絨毯。

太陽の光を浴びて輝く麦畑は、これまでのか細く、まばらなそれとは全くの別物だった。バルガスが築いた用水路から安定した水供給を受け、三圃式農業で地力を回復した大地は、その秘められた力の全てを解放したかのように、太い茎と、ずっしりと重そうに頭を垂れる大きな穂を、惜しげもなく実らせていた。


風が吹き抜けるたびに、「ザアア…」と鳴る豊穣の音。

刈り取られる前の麦が放つ、香ばしく、そして甘い香り。

ハンス村長は、その光景を前に、杖を握りしめたまま、ただ静かに涙を流していた。

「…神よ…。いや、賢者様よ…」


収穫作業が始まると、村は祝祭のような熱気に包まれた。

それは過酷な労働であるはずが、村人たちの顔には疲労よりも、それを遥かに上回る喜びが満ち溢れていた。誰もが笑い、歌いながら、次々と黄金色の麦を刈り取っていく。エリアーナでさえ、騎士の剣を鎌に持ち替え、村人たちに混じって気持ちの良い汗を流していた。


刈り取られた麦の束は、次々と村の広場へと運ばれてくる。

それはやがて小山となり、昼過ぎには丘となり、夕暮れ時には、巨大な「麦の山脈」を形成するに至った。村の子供たちが、歓声を上げながらその山に登って遊んでいる。


広場に設置された「プロジェクト管理室」の仮設テントで、リリアが帳簿の最後の計算を終え、立ち上がった。

彼女は、集まった村人たちの前で、冷静な、しかしその声は興奮に上ずっているのを隠せない様子で、高らかに報告した。


「――報告します!」

「今年の麦の総収穫量、昨年度比、七百三十パーセントを達成!」

「村の食糧庫は、史上初めて満杯となりました! これにより、今後三年間、村人全員が暮らしていけるだけの備蓄量を、我々は確保いたしました!」


その報告を聞いた瞬間、村は、爆発的な歓声に包まれた。

人々は抱き合い、天を仰ぎ、涙を流してその奇跡を喜んだ。

いつの間にか、村人たちは俺の姿を見つけ出し、その熱狂のままに、俺を担ぎ上げて何度も、何度も胴上げを始めた。


「賢者様、万歳!」

「豊穣の神の化身だ!」


されるがままになりながら、俺の目は、笑顔の村人たちとは対照的に、冷静に眼下の「麦の山脈」を見つめていた。

(七三〇パーセントか…。三圃式農業と水利改善の効果としては、まあ、妥当な数字だな…)

俺は、歓喜に酔うことなく、その輝かしい成果の先に潜む、新たな「問題」に、すでに気づいていた。


ようやく胴上げから解放された俺は、歓喜に沸く村人たちに向かって、静かに、しかしはっきりと告げた。

「皆さん、喜ぶのは結構ですが、一つ、問題があります」


俺の言葉に、村人たちは水を打ったように静まり返る。

俺は、広場の半分を埋め尽くす、食糧庫に入りきらなかった麦の山を指さした。


「この、大量の麦を、どうしますか?」

「……え?」

「このまま野晒しにしておけば、来年の春には、この山の半分はネズミに食われるか、雨に濡れて腐るだけです。これは『富』であると同時に、正しく管理できなければ、ただの『巨大なゴミ』になりますよ」


俺のあまりにも現実的な指摘に、村人たちは喜びの表情を凍りつかせ、どう答えていいか分からずに、ただ顔を見合わせるだけだった。

彼らは、豊作イコール幸せ、という、単純な図式しか頭になかったのだ。


俺は、そんな思考停止した村人たちを見て、仕方ないな、というように小さく笑った。

俺の頭の中では、すでに、この「余剰資産」をどう活用し、村の次なる発展に繋げるかの計画が、完璧に組み上がっていたのだから。


「大丈夫です。この富には、富としての、正しい使い道があります」

俺は、自信に満ちた声で、彼らに告げた。


「さあ、皆さん。次のプロジェクトの時間です」

「我々はこれから――『市場マーケット』を作ります」


「し、しじょう…?」

戸惑いの声を上げる村人たち。

この前例のない大収穫が、この小さな村を、閉じた世界から、否応なく外部の「経済」という名の、広大で、そして荒々しい海原へと漕ぎ出させる、船出の合図となることを。

この時の彼らは、まだ知る由もなかった。

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