第8話:私は王子ではない──それでも、人々は私を見上げていた
「総力戦となる。前衛に“仮面の騎士”を、中央指揮に私が立つ。
この戦で、決着をつける」
戦いの幕は、今まさに上がった。
敵軍の名将、ガライア将軍。
彼は、私が“王子ではない”ことを見抜いた数少ない人物だった。
「ようやく出てきたか、“仮面の姫騎士”よ。
お前は誰だ? 名を明かせば、この剣を引いてもよい」
「名乗る名など、ありません。私は“王子の影”──それだけです」
私は剣を構える。
馬の背から跳び降り、大地を蹴った。
ガライアは手強かった。
力、技、経験。どれもが一級。
だが、私は引かなかった。
誰かの“影”ではなく、自分自身の意思で剣を振るった。
「そこだ!」
「くっ……!」
剣と剣が激突し、火花を散らす。
私は仮面越しに彼の目を見つめた。
「なぜ、戦う?」
「“私”として、生きるためだ」
──ガイン!
最後の一閃。
私の剣が、ガライアの肩を裂いた。
「──見事、だ。お前が“偽物”であれ、敗れたこの身には関係ない。
この敗北、潔く認めよう……」
彼は馬を引き、撤退の号令を下した。
戦は、終わった。
戦場の空は、まるで嘘のように青かった。
私は仮面を外さずに、兵たちの前に立った。
誰も、正体を問おうとはしなかった。
ただ一人、“影の騎士”に向かって、歓声をあげた。
「我らの英雄!」
「仮面の騎士殿、万歳!」
──私は王子ではない。
でも、この手で戦った。
この足で、大地を駆けた。
「……ありがとう」
その声は風に紛れて消えていったけれど、
確かに私は、誰かに必要とされた。
王子の影ではなく、“私自身”として。
この瞬間。
私はようやく、自分の物語を生きはじめたのだと、知った。