第6話:裏切りの矢──影武者が狙われる日
「矢だ! 影武者が狙われている!!」
その叫びとともに、鋭い風切り音が耳を裂いた。
私は咄嗟に馬を横滑りさせ、背後の木に突き刺さる矢をかわす。
──敵の弓兵ではない。
これは、味方陣営の中に潜んでいた内通者の矢だ。
「クロエ様、急ぎ退避を!」
「いいえ、下がらないわ。私が下がれば、この戦列は崩れる。
それに……」
矢の主が、味方にいる以上、私が動けば“次”は王子が狙われる。
夜。前線陣。
矢をかわしながら無事帰還した私は、王子と会談していた。
「内部に裏切り者がいる。君の存在を知る者が、ここに──」
「……王都の情報か、皇帝派の工作員か。いずれにせよ、私は狙われる立場になったってこと」
「このままじゃ危険だ。君を後方へ下げたい」
「──だめよ、ユリウス」
私は真っ直ぐに彼を見た。
「ここまで来たのよ。もう、引けない。
“クロエ・ディアノール”がこの戦場で、誰かの背中を守っている限り、
私は前に立ち続けるわ」
その気迫に、ユリウスは言葉を失う。
だが、やがて頷いた。
「なら、僕も前に立つ。僕の命を、君に預けよう」
「ふふ。任せなさい、“元婚約者様”」
翌日。
“裏切り者狩り”が密かに進められ、王宮から潜入していた間者が拘束された。
「ユリウス王子の“替え玉”に扮している者がいると報告されたので動いた」
──そう証言した彼は、口を割った瞬間、毒を飲んで死亡した。
(やっぱり、私の存在は“脅威”と見なされたのね)
けれど、私はもう揺らがない。
たとえ何者に狙われようと、もう私には「信じられる王」と「戦場での名」がある。
その夜。
兵士たちの間で噂され始めた。
“仮面の姫将軍”が、敵を退けた──その姿は、王子よりも英雄だった”と。
だがその名は、誰にも実在を知られていない。
“影”にして“英雄”。
それが今の、私──クロエ・ディアノールだった。