第5話:仮面の裏にあるもの──王子と私の秘密の夜会
作戦会議の夜。
幕舎の奥で地図を広げる私の前に、ユリウスが一枚の布を差し出した。
「これを」
「……仮面?」
「次の戦、君が“クロエ”として戦うなら、せめて顔を隠しておいたほうがいい。
でも、ただの覆面では意味がない。これは、“戦場の仮面姫”だ」
「……相変わらず、ロマンチストね。こんなもので正体が守れると思う?」
「守るためじゃない。“仮面をつける意味”を、君が選べばいい」
私は黙って仮面を受け取った。
艶のある黒地に銀の装飾。
それはまるで、王家の血を継がない私に与えられた“影の王印”のようだった。
その夜、珍しく王子の私室に招かれた。
敵将ガライアとの対峙が迫る中、束の間の静けさ──
「……今夜は、話がしたかった」
「ふうん。国の命運を担う王子様が、悪役令嬢に相談事? 何の冗談かしら」
「僕はね、君をただの“影武者”だと思ったことはないよ」
焚き火の灯りが、ユリウスの横顔を柔らかく照らしている。
普段は冷静沈着な彼が、ほんの少しだけ、少年のような声で続けた。
「僕は王子だけど……“王”になりたいと思ったことは、実は一度もなかった」
「……なんで?」
「責任が怖かった。選択を間違えたら、国が滅ぶかもしれない。
そんな恐怖の中で、ずっと“演じてきた”だけだった」
彼の手が、膝の上でぎゅっと握られる。
「でも君は違う。クロエ、君は……人の命も、運命も背負える人だ」
私は黙って聞いていた。
心のどこかで、彼の“弱さ”を知れて、安心している自分がいた。
「王子」
「ん?」
「仮面をくれてありがとう。……でも、私は仮面を外しても、あなたのそばにいたい」
ユリウスは驚いた顔をして、そして微笑んだ。
「なら、僕も仮面を外すよ。君の前では、もう“演じる王子”じゃない。
これからは──“一人の男”として、君の名を呼ぶ」
「……ユリウス」
たった一度の名前の呼び方が、こんなにも胸に響くなんて。
この戦いが終わったあと、もし生きていられるなら。
そのとき私は、あなたの“隣”に立っていたい。
この夜は、決して誰にも知られない“秘密の夜会”だった。
ただ一人の王子と、ただ一人の影武者が、“本当の顔”を見せ合った夜だった。