第1話:断罪イベントの後、なぜか断罪したはずの王子にスカウトされました
王宮の大広間は、ざわめきに満ちていた。
豪奢なシャンデリアの下、私は断罪の言葉を静かに受け止めていた。
「侯爵令嬢クロエ・ディアノール。
貴女の数々の非道なふるまいにより、婚約を破棄するとともに──王都からの追放を命ずる!」
──ああ、ついに来たわね。
私は小さく笑った。
だってここは、前世で私がプレイしていた乙女ゲームの世界。
しかも、悪役令嬢クロエの“断罪ルート”が確定した直後からの転生だった。
(転生タイミングおかしいでしょ……!)
婚約者である王太子に婚約を破棄され、
ヒロイン(聖女)に嫉妬して嫌がらせをしたという冤罪をかぶせられ、
家門の名誉は地に落ちる──
でも私は、前世で散々この展開を見てきた。
だから心は冷静だった。
「お受けしますわ。すべて──」
そのとき。
王子が、声をかけてきた。
「クロエ・ディアノール」
「……何かしら、王太子殿下? もう“お芝居”は終わったはずだけど」
「君に、頼みたいことがある。……誰にも知られてはならない“任務”だ」
──は?
追放された直後に王子から密談を持ちかけられるなんて、
どんなバグ展開?
夜。
王宮の裏庭。人払いがされた石畳の中庭にて。
「私の影武者として、戦場に立ってほしい」
「……は? 今、何て?」
「君は剣も使えるし、なにより──鎧姿だと私にそっくりだ」
「そんな理由で人を戦場に立たせるんじゃないわよ!」
まさかの“王子そっくりな悪役令嬢”という設定が、ここで活かされるとは。
しかも王子はこう続けた。
「……私は、前線に出ることを許されていない。
だけど、どうしても“自分の目で戦の現実を見たい”。
そのために、君の協力が必要だ」
──ずるい。こんな誠実な声で頼まれてしまうと。
「……はあ。ほんと、面倒な男ね。
じゃあ、ひとつだけ条件をつけさせてもらいます」
「なんでも言ってくれ」
「“私の名は伏せていただけますか”?。私は“王子の影武者”じゃない。“ただの影”でいいのよ」
「……了解した、影の騎士殿」
こうして、私は──追放されたはずの悪役令嬢は、
王子の影武者として戦場に立つことになった。
誰にも知られてはならない、戦と陰謀と恋の幕開けだった。