エピローグ:“仮面の姫騎士”と呼ばれた私の、静かな日々
王都から少し離れた、丘の上の小さな屋敷。
風が吹けば、野花が揺れ、鳥がさえずる。
戦火も陰謀も、ここには届かない。
私は今、そこで暮らしている。
「クロエ様、こちら、今朝の紅茶です。ローズマリーの香りが──」
「ありがとう、エリス。でも“様”はいらないわ。もう、騎士団も階級も関係ないんだから」
そう。
私はもう、王子の“影武者”ではない。
“仮面の姫騎士”という異名だけが、今も民の間で語られている。
でもそれはただの伝説。
私は今、“ただのクロエ”として、穏やかな日々を過ごしている。
時折、王都から来客がある。
ある日は、かつての部下。
ある日は、王宮の侍女たち。
そして何より、よく来るのは──
「また、庭に変な石像増えてない?」
「失礼な。これは“かつてクロエが斬り捨てた敵将”の記念だ」
「そんな趣味の悪い像いらないってば!」
──ユリウス。
“王”となった彼は、時折こっそりこの屋敷を訪れては、昔のように冗談を言う。
「でもさ、本当は君の隣に住みたい。王宮なんて、息苦しくて仕方ない」
「じゃあ、いっそ“影武者”を雇って玉座に立っておけば? 私が教えてあげるわよ」
笑い合う声が、風に乗って花畑を越えていく。
「ねえ、ユリウス。戦場で出会って、命を懸けて、ようやく今の時間がある。
だから──これからは、何もなくても幸せでいられると思うの」
「……ああ、僕もそう思ってる」
彼が手を取る。
今はもう、剣も仮面もいらない。
ただこの手があれば、十分だ。
陽だまりの中。
二人の影が重なって、やがて一つの道を作っていく。
かつて“影”だった私の物語は、こうして“穏やかな光”の中で、そっと幕を閉じた。
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
『悪役令嬢ですが、王子の影武者として戦場に出ることになりました』は、
「悪役令嬢もの」の枠を活かしながら、“強さ”と“儚さ”、
そして“自分自身を生きるという選択”をテーマに描いた作品です。
もともとは「悪役令嬢=お飾りのお姫様ではない」姿を描きたくて、
じゃあ戦場に出たらどうなるの?
その上で、「彼女が影武者だったら?」という逆転の発想から生まれた物語です。
戦場で英雄と称えられても、自分の名前を呼ばれないまま。
仮面の下で泣く夜もある。
それでも彼女が選んだのは、「名誉」ではなく「信頼」──
そして最終的に、“影”ではなく“隣”に立つという未来。
これは、戦うことで何かを守った少女の物語であり、
何より、“自分らしくあっていい”と信じた人たちの物語でもありました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、また別の物語でお会いしましょう。
ありがとうございました。