第9話:影武者の正体が暴かれる時、すべてが終わるとわかっていた
「──王都から、使者が参っております。
“王子殿下に関わる重大な報告”があるとのことです」
使者の言葉に、幕舎の空気が凍りついた。
私とユリウスは目を合わせる。
──終わりが、近づいている。
「影武者の存在を、王都は把握しています。
殿下が前線に立っていないこと、そしてその“影”が女性であることも──」
ユリウスは無言で報告書に目を通した。
内容は明白だった。
王都の保守派が、私の存在を「王位簒奪を狙う偽者」として糾弾し始めている。
「──彼女を告発すれば、すべては水に流します。
ですが守るのであれば、王位継承の資格すら危うくなります」
「……脅しか。ならば、返す言葉は決まっている」
ユリウスは静かに報告書を破り捨てた。
「クロエ。君の正体が明るみに出る日は、必ず来る。
けれど僕は、その日を“終わり”にはしない」
「……どうする気?」
「──君の名を、正式に発表する。
僕の影武者ではなく、“僕の守護騎士”として」
私は目を見開いた。
「そんなことをすれば、あなたが……!」
「いいんだ。君のいない王座に意味はない」
そのとき、私はようやく気づいた。
あの冷たい玉座に座るだけの存在ではない。
この人は、“王”としてではなく、“人”として私を選んでくれている。
翌日、王都へ向けて使者が発たれた。
ユリウスは公式に「王子の戦場影武者は、クロエ・ディアノールである」と宣言し、
さらに──
「この者は、私の命を救い、我が軍を導いた英雄である」
「私の隣に立つに、最もふさわしい人物だ」
そう言い切った。
王都は騒然とした。
だが、兵たちの声は違った。
「仮面の騎士様が女性だったのか……!」
「なんだ、そんなことより、生きててよかった……!」
誰もが、名ではなく、姿ではなく、“行い”を見ていた。
そして私は、王子の隣で深く頭を下げた。
「──私は、クロエ・ディアノール。
この国の“影”として戦ってきました。
ですが今、ようやく“光”の中で名乗ることができます」
それは、偽りの終わり。
そして、真実の始まりだった。