プロローグ ─断罪と追放。それは、“影”として生きる少女の始まりだった。
王宮の大広間。煌びやかな天井画と金の柱に囲まれた空間で、私は静かに立っていた。
ドレスの裾を踏まぬように軽く持ち上げ、背筋をまっすぐに伸ばして。
──侯爵令嬢、クロエ・ディアノール。
王子の婚約者であり、乙女ゲームではヒロインの敵。
そして今まさに、「悪役令嬢」として断罪を受けるその瞬間だった。
「クロエ・ディアノール。貴女のこれまでの所業を鑑み、
本日をもって婚約を破棄し、王都からの追放を命じます」
王太子・ユリウス=アルベリオンの澄んだ声が、広間に響いた。
──この展開、全部知ってる。
だって私は、ここが“乙女ゲーム”の世界であることを、知っているから。
しかも、転生してきたのは、この断罪イベントの寸前だったのだ。
(せめてもう少し早く転生してたら、もっと上手く立ち回れたのに……!)
だけど。
前世で鍛えた精神力と、剣術と戦略の知識がある私にとって、
追放くらい、なんてことはない。
「命令、確かに承りました。王太子殿下──どうぞ、二度とお目にかかりませんように」
その一言を最後に、私はゆっくりと身を翻した。
その背中に向かって、何人かが「ざまあみろ」と囁いた。
ヒロインのマリアが、同情するふりをしながらも、目元に笑みを浮かべていた。
(ふふ。笑いたければ笑うがいいわ──私の人生、まだ“詰み”じゃないから)
私はこの世界で、もう一度立ち上がる。
悪役令嬢としてではなく、“何者でもない存在”として。
それが、“影”として生きる少女の、始まりだった。