8.作戦司令の再失態
一体何が起きたのだ!? ボロギーが燃えさかる草原に目をやった瞬間、その脳内に浮かんだのは当然のように妹による過ちだった。とくかくヴーゲンクリャナの元へ急ぎ状況を確認しようと戦場だった場所へと戻って行く。
火の手がどこまで広がるかもわからないため、撤退を始めた魔王国軍へはそのまま帰国の途に着くよう指示を出す。このまま燃やし尽くすにしても消し止めるにしても、一般魔導兵の手を借りる必要はなくヴーゲンクリャナだけで事足りる。
「ヴーケ! ヴーケはどこにいるんだ! ミルチルよ、探って来てくれ」
『ご主人ちゃま、こんな炎の中へは行かれまちぇん。焼き鳥まっちぐらでちゅ』
「お、オマエ…… 遣い魔ではなく鳥だったのか? いいから行ってこい! オレの魔力が切れない限り死ぬことはないだろうに!」
『でも熱さは感じてちまうんでちゅよ? ご主人ちゃまがそうやって産み出したんでちゅよね…… こういう時はあの無神経な魚がうらやましいでちゅ』
「仕方ない、砦の中まで走るしかないな。姿さえ見えれば転送魔法で城へ飛ばせば済む話だ。ミルチルは頼りにならないから表で誰か出てこないか見張っていろ!」
ガックリとない肩をおとすピーヨコちゃんことミルチルは、寂しそうにテクテクと視界の良い場所へと向かった。それを見送ることもせず、ボギールは激しく吹き付けられる炎により炎上寸前に見える砦の裏手から入場を試みるが、近づくだけですでに相当の熱さである。
「チクショウ、こんな熱いところでじっとしているわけがないな。とっくに逃げてるに決まってるだろうさ。だがアイツがやらかしたのだとしたら責任を感じて消火しようとしているかも―― アイツはそんなことしないか……」
ブツブツ言いながらも妹が心配な長兄は熱さの中さらに奥へと進んでいく。だが砦の中庭までやってきたところで空気が一気に変わり、周囲の温度は全くの正常どころか涼しいくらいだった。
「なんだよ、やっぱりまだいるのか。おーい、ヴーケ! 一体どこで何をしてるんだ!? 怒らないから素直に出てくるんだ。弁解は後で聞くからとりあえず帰るぞー!」
「あーにいにってば迎えに来てくれたの? てゆうかこんなに燃やしちゃったの誰なン? アタシだったらもっとウマくできたンぢゃないかって思ってたトコょ?」
表門方面から戻ってきたヴーゲンクリャナが顔を出したので、ひとまずホッとした兄である。しかもどうやら犯人ではない模様だ。
「と言うことはオマエがやったんじゃないのか。まさか敵が戻って来たのか?」
「そっかぁあれって敵ってゆうことなン? 森の中からこっちへ歩いてくる人がいるンだょねぇ。てゆうか火をつけたのもあの人なのカナ? 見た目は剣士っぽぃのになかなかやるもンだねぇ」
「剣士っぽいって、まさかオマエ、この距離で見えるのか? まったくデタラメなヤツめ。その力のうちほんのわずかでも頭へ送られていたなら―― いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない。本当に人がいるのか? どう考えても大火のまん真ん中だろうに」
「ぢゃなンか攻撃してみちゃぅ? せっかくだから水魔法がいいカモしンない。てゆうか走り出して向かってくるょ。にいにどうする?」
「バカモン、すぐに離脱するぞ。オマエは今すぐ城へ帰るんだ! ヨクデン・トヘロシ・ニマウイトッアデラ・カチナギシ・フカンナ」
「あっ転送魔法!? にいにーダメだょー!」
白い光がボロギーから発せられ、人を包むような球体となってヴーゲンクリャナへと飛んで行った。まだ帰りたくないとの気持ちはわからなくもないが、この緊急事態にのんびり状況判断をしている場合ではない。
ボロギーはそう考え、大切な妹を城へと転送したのだった。もちろん兄妹として大切なのは間違いなく、加えて次期魔王候補なのだから、お試し程度で連れてきた辺境のどうでもいい小競り合いで万一の事態にでもなったらたまらない。
帰還の転送魔法を唱え終ったボロギーはひとまず安堵し、 向かってくる何者かから逃げ延びることを考えようと、その強者が向かってきていると言う方角へと目をやった――
「ボロギー様、お帰りなさいませ? 転送を使ってお一人で帰還とは、なにか不測の事態でも起きたのでしょうか!? 部隊はまさか――」
「なっ! なんだこりゃああ! 一体何が起こったんだ!? おい、ここは城内なんだな!?」
見慣れた場所に自ら現れながらトンチンカンなことを言いだす司令官に、城詰めの衛兵は戸惑うしかない。両肩を掴まれ揺さぶられた彼は、ここは間違いなく魔王城内の待機広場であると答えるのが精一杯だった。