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6.出撃前夜

 ヴーゲンクリャナが兄であり魔王国軍最高司令官であるボロギーから出陣の検討を約束されてからしばらくが経った。その間も日常は変わらず過ぎていくが、裏では各国の思惑がうごめいている。


 そしてその時は思いのほか早めにやってきた。人間たちの国の中で魔王国の隣国に当たるマイナト王国には冬が近づいていることから、兵たちの侵攻に影響が出る前に攻め入りたい思惑があるとの分析が出されたのだ。


 魔王国ではほとんどのことを魔法で解決しようとする嫌いが有るが、力技ではどうにもできないこともある。それを学問と諜報活動で補うのが司令部の役目であり、最高司令官として辣腕(らつわん)を振るうのが長兄のボロギーである。



「では父上、今回の戦争ではヴーケを前線へ連れて行きますのでご承知おきくださいませ。もちろん最前線ではなく砦の後ろで待機させます。あくまで主目的は見学であって経験を積ませることですから」


「うむ、アヤツが大人しくすると言うのなら構わん。しかし少しでも不穏な行動をとろうとしたらすぐに城へ転送するのだぞ? くれぐれも力づくで言うことを聞かせようとしないことだ。ためらっていたら簡単にあしらわれるからな」


「はっ、承知いたしました。とは言ってもさすがに初陣で無茶はしないと信じております。下手を打てば次に連れて行ってもらえるのがいつになるかわからないと当人も申していましたから大丈夫でしょう」


「それならいいのだが、我が娘ながらアイツの行動はまったく読めぬ。いともたやすく想像を超えて行くから困り者なのだ。オマエだけでは荷が重いなら目付け役として誰かつけてもいいのだがどうする?」


「ご心配には及びません。我が使い魔をピタリとつけておきますゆえ、監視を怠るようなことにはならないはず。心配なのは絶大な成果を上げた時に兵たちから上がる声でしょうか」


「魔王交代論に傾くと? さすがにそれは考えすぎであろう。睡眠学習を早めに受けさせるとしてもまだ百年以上は早い」


「いいえ、さすがにそこまではあり得ません。しかし魔王国軍の最高司令の座を望む者たちくらいは出てくるかもしれません。少なくとも軍団長クラスでは太刀打ちできない能力をもっていることは父上も承知のはず。魔力的に、に限定はされますがね」


「まあそれも良かろう。優秀な参謀を付ければ戦力的にはあれほど心強い魔導士はおらぬ。しかも剣術や体術も国一番と言ってもいい。本当になあ、頭脳だけが残念で仕方がない」


「左様でございますねえ。ダボールがあの知恵を活かしてくれれば良いのですが、すっかりひねくれてしまいましたから更生は難しいでしょう。いや、父上のせいだと言っているわけではございませんよ?」


「いやいや、言いたいことはわかっておる。あの時、我がヴーケを褒めすぎなければな、せめてダボールの目の前でやらなければアヤツがあれほど卑屈になり引きこもることは無かっただろうて。今さら悔やんでも仕方ないがな」


 国王と司令官の会話がいつしか父子としてのそれに移っていく。二人とも心配事はあるにせよ、今回の戦争がいいきっかけになればと考えているのだ。


 力を持て余し日々の修行にも身が入らないヴーゲンクリャナのため、父も兄も出来ることを探り頭を悩ませている。実際に戦いの場でどんなことが行われているかを知れば、彼女自身で自分なりの考えを導き出せるようになるかもしれない。


 それが急な成長でないとしても、経験を繰り返し積み重ねることで人は変わっていくものなのだ。これはもちろん自分たちの経験則でもあった。




 その夜、城下の街では夜通し|宴≪うたげ≫が繰り広げられ、戦地へ向かう志願兵たちが家族や友人たちと楽しく過ごすのが慣例なのだ。とは言えここ百数十年、数十の戦争で戦死者はいない。


 これは現魔王による魔王軍再編の効果である。現在の戦争では旧来の白兵戦を完全に捨て去り、魔導士による召喚魔法へ特化し最前線に兵を出すことが無い。その点だけでも現魔王の功績は大きく、人民から大いに讃えられている。


 そんなにぎやかな宴へ出かけて行くことが許されず、司令部で当日の作戦進行について講釈を受けている少女がいた。もちろん不満たらたらで大切な話も右から左であることは言うまでもない。



「――――というのが大まかな陣形となる。自分の位置取りを含め理解できたか? 頼むから勝手な真似はしないでくれ。推薦したオレの立場もあるが、オマエだって今後一切戦場へ出してもらえないのは嫌だろう?」


「つまりどゆこと? アタシは先頭の人の後ろからついて行けばいい? ぶっちゃけこの地図がどこのことだかもわかってなかったり? きゃはっ」


「笑ってる場合か! 自国の地図くらいきちんと把握しておけ。まったくオマエは普段から心構えが足りていないから今になって詰め込まれなければならないのだぞ? 早く終わればまだ宴には間に合うだろうになあ」


「やる! 秒で覚えるからもっかいお願いだょ。ねえにいにってばぁ。てゆうか場所なんて覚えなくてもみんなについて行けばいくない? したら迷うことだってないし早くも遅くもならなぃと思うょ? んでもってついたら先頭の次にいけばいンでしょ?」


「だから何度も言っているように先頭の兵士ではなく、先頭の部隊だからな? 第一部隊は三十名で陣形を組んでいる。その次の第二部隊に混ざれと言っているんだ」


「あーそゆことね。完全に理解したょ。てゆうか最初からそうゆってくれれば良かったのにサ。アタシは三十一人目にいればいぃのよネ? ドヤっ」


「ま、まあとりあえず間違ってるとは言い切れないから由とするか。明日は逆さ蝙蝠の刻(午前十一時)に出発だからな。その前には集合場所の詰所前で待っているように。いや待て、心配だから自室か居間で待っていろ。迎えに行くからな」


「てゆうかにいににこんな優しくされたの久しぶりくない? ぶっちゃけ怖いんですケド? なにを企んでンの?」


「企んでるのは人間軍の撃退だ。わかったら遊びに行ってもいいが日を跨ぐ前には帰ってきてしっかり寝ておけよ? 睡眠不足では判断も鈍ると言うものだ。例え明日戦闘が無いとしても城を出たらもう戦場だと思わなければなら―― 話を最後まで聞けってんだ……」


 遊びに行ってもいいと言われた瞬間に席から立ち上がり、あっという間に去って行った妹を、呆れながらも笑って見送るその表情は、最高司令官ではなく完全に兄の顔だった。

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