5.魔人族対人間族
夕飯を食べ終わり一家団らんの時間、と言っても昼間に街で起こった人間捕縛騒ぎのせいで、父は城へ呼び出され不在だった。一家の主である前に魔人全体の長なので公務が優先されるのは当然である。
しかしそんな忙しい父をうらやむ物がここにおり――
「パパいいなぁ。今頃さっきの人間たちとお話してンのカナ? アタシも喋ってみたいのょね。ママから頼んでみてくンない?」
「ヴーケちゃんが頼んで断られるならママが頼んでも同じことよ? それに人間といっても一般人だったんでしょう? 生活が苦しいとか食べるモノに困ってるとか聞かされるだけで面白くないと思うわ」
「ママの言う通りだぞ。街で何を聞いて来たのか詳しくは知らないが、領内で人間が捕まること自体は珍しくないんだ。ほとんどは密猟者だがなかには諜報員もいるから油断は出来ん。でも今回は家族連れだそうじゃないか。きっと聞き取りだけして放免だろうな。それより食卓の上にその魚を飛ばすなよ。落ち着かないじゃないか」
「魚じゃなくてランドだょ。てゆうかもう食べ終わってるンだから良くない? みんながひと息ついて吐き出した魔力がご飯なンだもん」
「まったく…… 遣い魔と言うのはもっと賢く目立たない存在であるべきなのに。オマエは自分も遣い魔も目立ちすぎる」
「そうカモね。てゆうかにいにのピーヨコちゃんは目立たなくていいもんね。こーんなちっちゃいし空飛ばないしどこにでもいそうだしね。てゆうかカワイイすぎるからアタシのペットにしたいンだけどダメ?」
「ダメというか無理に決まっているだろうが! オレの魔力で産み出したモノがなんで自分のモノになると思うんだ。まったくこの愚妹がっ!」
三兄妹の長兄であるボロギーは、自分が魔王になれない器だと言うことを客観的に理解できている。それだけに妹の底知れぬ魔力を畏怖しつつも敬意を抱いているのだが、頭の出来が悪すぎていらだつことも多かった。
そんなこともあり今まで数えきれないほど妹へ罵倒を叩きつけて来た。しかし言われた当人は意に介する様子なくいつもの調子で聞き流す始末。それでも言わずにいられないのは兄としての意地か、それとも人生の先輩としての親切心か、結局はその両方なのだ。
こうしてそれぞれが食後のティータイムを楽しみ過ごしていると、外から一羽の小さな鳥が走ってきた。どうやら大分急いでいる様子が見て取れる。
「あっ! ピーヨコちゃんだ。どっか行ってたの? こんな遅くまで働かせちゃってにいには遣い魔使いが荒いにゃあ」
「遣い魔を使わないでどうするんだよ…… いいからバカは黙っていろ。それとコイツの名はミルチルだ。勝手に名前を変えるんじゃない。まったく…… ―― それでミルチルよ、どうだったのかの報告を」
『ぁぃ、ご主人ちゃま。やはり諜報員ではないようでちた。尋問でも素直に話しているようで大きな問題はなさそうでちゅ。ただ少々気になることもありまちて、あの家族がやってきた村ですが、兵士が大勢やってきているそうでちゅ。そのため食糧難になりつつあるらしいでちゅね』
「ふーむ。国境に一番近いあの村が今はそんなことになっているのか。こりゃ小競り合いは近そうだな。ダボールにも話を聞いておいた方が良さそうだ」
「なんでちぃにいにが出てくンの? あのヒッキーは部屋から出ないンだから戦争になんて関係ないンでしょ?」
「だからオマエは視野が狭いと言うんだ。いいか? アイツは確かに部屋から出てこないが、だからと言って社会情勢に興味が無いわけじゃない。それどころか常に目を光らせているんだぞ? まあそれが魔王国のためではなく個人的利益のためなのが残念なところなんだが」
「てゆうかちぃにいにと戦争の関係はどうなってるワケ? 今の話じゃぜんぜんわかンないンだけど?」
「そこまで言わないとわからんか。その様子だとダボールが普段何しているのかも知らんのだろう? ヤツは穀物を中心に相場の変動を予測して差益を稼ぐ商売をしているのだぞ―― おい、何を言ってるかわからんという顔じゃないか。だからオマエに説明するのはやめておいたと言うのに」
呆れながらも丁寧に説明し始めるボロギーはやはり兄らしい優しさを持ち、なんだかんだ言っても歳の離れた妹がかわいくて仕方がないのだ。
「いいか? 戦争の準備を始めると今回のように国境近くの村へ兵たちが集められるだろ? すると食料が大量に必要になると言うわけだ。となると主食用の小麦や米に豆類の買い付け価格が上がる。それを事前に察知して安いうちに買いためておくことで差益を稼ぐんだよ」
「てゆうか事前にわかるなら戦争止めればいくない? てゆうかとばっちり受ける村人たちが一番かわいそだょ。ぶっちゃけ戦争で喜ぶ一般人なんていなぃジャン。なんでみんな戦争したがンのかアタシにはマジ理解できないょ」
「そうは言うが、こちらとしても人間たちの侵略を許していたら国土が削られていく一方になってしまうだろうが。我々の場合は召喚した魔物の軍勢を戦わせるから人的被害は少ないがな。だが獣人や森人たちはそうもいかぬ。彼らの住む森を奪った人間たちは人が住めるように開拓してしまい生態系が狂うからな。我々としては援軍を出すしかないのだ」
「うーん難しくて頭痛くなってきたし説明はもういいや。簡単にゆぇば人間を倒せばいぃってことなんでしょ? てゆうか先に全滅させちゃった方が早いょ。てゆうかアタシがやってきてもいぃし?」
「こらこら、アイツらが世界中に何百何千万いると思ってるんだ? こちらから攻め込んで全面戦争になったら、数の暴力で街まで侵攻してきてしまうだろう。だから祖父も父上も攻められたところから押し戻すに留めているのだからな」
「そンなら国の間にでっかい山や谷を作るとかどう? アタシ今度地形操作教わる予定だから役に立てるかもしれないょ? ぶっちゃけ修行だけだとなんの役に立つのかわからなくてマジメにやる気が起きないンだなぁ」
「そうだなあ。オマエも十七になったし一度くらい戦場を見てみるのもいい経験かもしれない。次の戦争では見学として連れて行っていいか父上に相談してやろう」
「マジで!? にいにったらいつになくやさしぃね。てゆうかなにか裏がある? アタシからなにかせしめようとしてもなにも出ないょ? ぶっちゃけお小遣いだけじゃ足りなくて今日だってママに出してもらったンだもん」
「まったくオマエと言うやつは仕方ないなあ。将来国を背負って立つのだから経験はいくらあってもいいだろうと考えただけだ。ぶっちゃけ俺もダボールも王の器ではないからな―― チッ、オマエの口調が移ってしまったじゃないか!」
「にいにったらカーワーイーイー でも見学だけじゃなくてきっと役にも立てると思うょ? こないだ軍勢召喚教わってマスターしたからバッチリなのょ。ねえにいには知ってる? 人間たちってちいさな虫けらを怖がるんだってさ。まあママも好きくないみたいだから目の前で試して叱られちゃったけど! したら戦わなくても逃げてってくれるかもしれないみたいな?」
「ちなみにどれくらいの数を召喚できそうなんだ? まさか覚えたてなのに百とか言わないだろうな?」
「さすがに百はちょっとねぇ。ぶっちゃけちゃんとは数えてないけど感覚的には一万はいたと思うょ? 召喚する魔物の大きさは関係ないみたいだから弱くていいなら数はそれくらいカナ。強い子にするなら減らさないとダメポン」
「いっ、一万!? だとっ!? ゴンゴルゾーだって数千が限界だと言っていたのに…… オマエなあ。一般魔導兵がどのくらい召喚できるのか知っているのか?」
「魔王軍の? ぶっちゃけ精鋭って聞くし? ゴルちゃん並みぢゃなくても千とかは出せちゃうしょ? てゆうかアタシってば魔法だけは天才だから凄すぎちゃうから十人分くらいの働きできるくない?」
「あのなあ…… 魔導兵が召喚できるのはせいぜい五十かそこらだぞ? だから人数を連れて行って万の軍勢を実現しているのだからな。それを虫けらとは言えオマエ一人で一万とは……」
「あはっやっぱアタシってば天才過ぎ? てゆうか戦力として連れてく気になったでしょ。ちゃんとゆぅこと聞くし頑張るからパパにお願いしてみてょ。カッコよくて賢いにいにならきっとわかってくれるよネ?」
「わかるもなにも普通に戦力として連れて行きたいが? というかオマエは独立して一個小隊を率いてもいいんじゃないか? 過去の実績を鑑みると十七で戦場へ出るのは早すぎるかもしれないが、常識と言うのは覆すためにあるのだと祖父も言っていたし父上も納得するかもしれん」
結局のところ長兄も母親と同じでヴーゲンクリャナには大甘なのであった。