44.乱心の姫君
とりあえずは午後になってから出発するということになり、昼食はパン屋でとることになった一行である。久しぶりに配給以外のまともな食事ということもあって、ハルトウもチカもむさぼるように腹いっぱい食べたいところだ。
しかしさすがに勇者小隊ともあろう者たちが、一般人の家であつかましい態度をとるわけにはいかないと自重していた。
「勇者さま、どうぞ遠慮せずにたくさん召し上がってください。とはいってもうちにはパンしかありませんがね。配給の堅い保存用とは違って、ちゃんとやわらかなパンをいつまた食べられるかわからないでしょう?」
「それはそうですが…… ではもう一つだけいただきます。正直言って配給のパンは煉瓦のように固くて味も塩っ辛いですから参ってました」
「ほっほっほ、あれは保存用なので仕方ないのですよ。わしも好きで作っているわけではないんですけどね。飛空艇ができる前は、戦争で遠征になると数か月の行軍でしたから、あのような乾パンが開発されたのです」
「なんでも戦争がきっかけなんですね。飛空艇も他国との戦争を優位に進めるために開発されたと聞きました。ですが自分たちのもともとの領土で満足していれば不要だったんでしょうね」
「人口が増えれば食料が必要になり、そのためには農地を確保するために国土を広げなければならない。人間の発展は周囲を脅かすことで実現するものなのでしょうな。罪深い生き物だと我ながら思ってしまいます」
ハルトウとパン屋の爺はずいぶんとマジメで息苦しい話をしておりサキョウも真剣に聞きながら相槌を打っている。かたやチカとヴーケは興味ないと言った風で、孫のカイや母親たちと|石並べ≪リバーシ≫に興じていた。
「考えてみればこの石並べだって限りある盤面を取り合うんだから戦争みたいなものよね。あー嫌だ嫌だ、ウチは戦いなんてもうまっぴらだよ」
「だったらハルトウについてこないで村に残っていれば良かったのに。そもそも戦うために武器を使う訓練もしていたわけでしょう? 治療術だけで十分重宝されると思うのに、|連接棍≪フレイル≫まで使える必要あるのかしら」
「アンタが本当に記憶がないのか、この辺のことに疎いだけなのか、それともとぼけているのかはわからないけどさ。ウチらの生まれた東の平野には魔獣がそれなりにたくさん出るのよ。だから身を守ったり狩りをしたりするために武器は必要なわけ」
「女の子なのに狩りに出ることがあるの? 自分の身を守るというのはわからなくもないけど。今まで無事でよかったわねえ」
「ホント、ヴーケったらどこの出身なのかしらね。王国は軍事国家だから地方の村からも兵士を集めてるのよ。だから男手が少なくなるでしょう? 自然と女が多くなるからなんでもやらなきゃいけなくなるってことよ」
チカはもういまさらヴーケの出自について問い詰める気もなくなっていた。本当にそうなるのかわからないにせよ、まもなく別れとなる相手のことを必要以上に知る必要もないからだ。
『てゆうかチカってばもしかしてアタシと別れるのさびしがってる? ぶっちゃけ嫌われてると思ってたから意外過ぎてビックリポンだょ。てゆうかいい人多すぎるからちょっと罪悪感あるカモ』
『だったらダボールさまの命を断れば良かったのでは? 例の商人が儲かるだけで主さまになんの得もございませんし』
『てゆうかちょっと飽きてきちゃったから丁度いいょ。最初はハルトウもかわいいかなって思ったケドあんま賢くなくて魅力的に思えなくなったし。てゆうかアタシとハルトウの子供なんてできたらバカすぎて不憫すぎん?』
『そんなこと言われてワアはなんと答えればいいのかわかりかねますぞ? 主さまだって今はともかくいずれは睡眠学習とやらで賢くなれるのでしょう? 心配も卑下も必要ないのでは?』
『それな! ぶっちゃけ寝てる間に勝手に賢くなってるとか|ずる≪チート≫過ぎて信じらンなぃンだけど? てゆうかパパももともとはバカだったのかも? だったらアタシのことバカ扱いするのおかしくなぃ? てゆうか家に帰っても退屈なのは変わらンのよねぇ』
『ではダボールさまの言うとおりにした後こちらに残ればいいのでは? ここのボンとも仲良くなりましたし、街が混乱するなら主さま好みになりそうですぞ?』
『てゆうかそれも悪くなぃネ。ぶっちゃけランドはここらに漂ってる魔力的なナニカがおいしいから帰りたくないだけっしょ? てゆうかアタシもまだ図書館の本読み切ってないし? てゆうかめっちゃいっぱいあって読み切れそうにないし? ハルトウとチカをくっつけるのも面白そうだし? てゆうか残ろっか』
『はい、そうしましょ。でも本当に王国をつぶしてしまっていいのですかね? 後から魔王様に叱られたりしませんか?』
『てゆうかちぃにいにの命令だからいンじゃね? なにかあったら全部押し付ければいいし? てゆうか実際にちぃにいにのせいだし? てゆうかそんなにお金儲けて何がしたいのかわからないケドさ』
『魔人の中では珍しいほどの我欲がありますからね。まるで人間族のようですぞ』
『ぶっちゃけアタシも魔人族の中では欲深いほうだと思ってるケドちぃにいにほどじゃないもんねぇ。きっとママに似たんじゃないのカナ。ママってばきれいな石集めるの好きだもんね』
『そういったことをふまえると、主さまが言っていた『元々は魔人族も人間族もひとつだった』って妄言も本当に思えてきますな』
『てゆうかアレって誰が考えたんだっけ? まさかアタシ? 無意識のアタシ賢すぎぃ。ぶっちゃけいつも無意識でいたほうが良くなぃ?』
『ですがしょせんは自己暗示ですからね。無茶無帽もほどほどに願いますぞ? 王妃様が悲しむところは見たくありませんからな』
『はーい。てゆうかそろそろ出発の時間カナ。てゆうかカイみたいな子がかわいそうな思いしないようにこっちに残るってことだかンね? アタシの欲のためぢゃないンだカラ勘違いしなぃょーに』
『はいはい、承知承知。のちほどワアの出番もありますから暗示が解けないようお願いしますぞ?』
そんな裏話を知るはずもないハルトウたちは、いよいよ覚悟を決めてヴーケを連行して役人へ差し出すためにパン屋から出発するのであった。