42.レジスタンス
裏通りにある酒場兼食事処の看板が、もう目と鼻の先にあるあたりで四人は足を止めていた。ハルトウたちは、今ならまだヴーケを連れて引き返すことができると考えたのだ。
「ねえヴーケ? なんであなたがそんな危険分子と繋がりを持っているの? いつの間に…… いいえ、もしかしてそのために王都へやってきたの? ハルトウに近づいたのもそれが理由だとでもいうのかしら?」
「よさないかサキョウ。よしんば思惑があって魔王国軍の砦にいたとしても、わざわざ捕らわれて待つよりも自分で街へやってくるだろう? それに僕と出会えるかもわからないし、僕が保護するかどうかも未知数で不確定すぎるよ」
「そ、そうね…… わたくしとしたことが気がせってしまい暴言を…… ヴーケ、ごめんなさい。でも疑念を持っているのは本当よ? もともとではないにせよ、どうやって仲間になったというの?」
「仲間って街の人たちと? ハルトウたちがお城に呼ばれて一人になった時に買い物へ行って知り合っただけよ? 事情を話していいかわからなかったけど、三人ともついてきてしまったから仕方ないわね。実は今朝早い時間に助けを求められたからやってきたのよ」
「まさか反政府運動を手伝おうって言うのか? それでその場所へ僕らまで連れてきてしまったと? いやいや、いくらヴーケの頼みだとしても僕らが手を貸すわけにはいかないよ。勇者小隊は政府内政監督局の下部組織に当たるんだよ?」
「手伝う? 反政府運動? いったい何のことを言ってるのかわからないわ。アタシがやってきたのはジェラート屋さんの隣にあるパン屋さんちのお孫ちゃんに頼まれたからだもの」
「ま、孫!? そんな小さい子がなんで朝早くにヴーケを訪ねてきたんだい? 僕らが起きる前だろう? ずいぶんと早起きだなあ」
「パン屋さんは早起きだからじゃないかしら? それにお孫ちゃんはただの連絡係よ? 実はパン屋のお爺さまの話によると小麦農家の娘さんがずいぶん前から帰ってきていないらしくてね。そこへ今回の騒動でしょう? だから内務局に捕らわれたままなのではないかってお爺さまたちは考えているんですって」
「まさかそれを僕らに確かめさせるとか? いや、むしろ救出を手伝えと言うのかい? そりゃサキョウなら内務局への出入りは自由だと思うけど……」
「ええっ!? わたくしは救出や諜報なんてできませんよ!?」
「そうあわてず最後まで聞いてくれる? 探りを入れたいというところまではあっているわ。農家の親御さんたちはそりゃもう心配で仕方ないでしょうし。でもパン屋のお爺さんではどうすることもできないのよ。息子さんは最近盛んに行われている内務局前の抗議活動に参加していたから素性を知られてしまっているしね」
ヴーケは、実は持ちかけられた話にわくわくしていることが表に出ないよう、気をしっかり保ちながら話を続けていく。まさか本当に実行へ移すことを決意するなんて思ってもみなかったが、事前に提案しておいて本当に良かったと喜んでいた。
そんな企みを秘めたヴーケの話を、ハルトウだけでなくチカもサキョウも真剣に聞いている。そのまなざしはヴーケの顔に穴が開きそうなくらい鋭く、わずかな表情の変化でも気づかれそうだと心配するヴーケである。
「だからアタシは提案しておいたんです。忍び込むのは無理だろうからアタシがまた連行されてあげるって。誰かがアタシを内務局へと連行していったら騒ぎを起こすからそのうちに忍び込むという作戦、いいと思うでしょう?」
「ダメだダメだダメだダメだ、そんなのダメに決まってる! わざわざ騒ぎを起こしたら今度こそ捕えられてしまうに違いないよ。しかもそれで農家のお嬢さんが見つかる保証もないし、下手したらキミだけ捕まり損になってしまうぞ?」
「ご心配なく。星の―― コホン、私の占いによればここで囚われるのは吉兆と出てますから。ですがきっと娘さんはすぐに解放されるはずだわ」
「それも―― 占いで?」
サキョウが怪訝そうにたずねるとヴーケは笑いながらうなずいた。
「はい、アタシの占いは良く当たるのできっとうまくいくことでしょう。それでサキョウに相談なんだけれど――」
「わたくしは気が乗らないのですけど、確かにひどい話ですしパン屋のお爺さんにそのような役目は酷でしょうね。わかりました。仕方ありません、またわたくしがお連れしましょう……」
「無理言ってごめんなさい。お気遣いに感謝しますよ。ハルトウとチカはどうしますか? 一緒に行きます?」
とんとん拍子に進んだ話の流れについていけていなかったハルトウは、戸惑いながらもうなずいて返した。だがチカはなにか考え込んでいる。
「どうしたんだチカ、一緒に行かないなら宿舎へ戻ったほうがいいぞ? 一人でいるところを|反政府運動≪レジスタンス≫組織に絡まれたらひどい目にあうかもしれないからな」
「それさあ、心配してくれているようだけど一人で帰れってことでしょ? アンタがウチのことどう思ってるかよーくわかる発言よね。ヴーケのことはどんな些細なことでも心配するくせにさ」
「そりゃヴーケはこの国の事情とかに不慣れじゃないか。そんな冷たいこと言う必要ないだろうに。いったいどうしちゃったんだよ。昔はそんなじゃなかったのに」
「何言ってんのさ! そんなじゃなかったとかどの口が言うわけ? ハルこそ昔はもっと素直だったじゃん! なのに今は何でも疑ってかかってさ。もう十八年も一緒にいるウチのことすら勇者に取り入ろうとするその他大勢と同じに見てるなんてひどいよ!」
「ち、違うよ、僕はそういうつもりで接してるわけじゃない。それくらいわかってくれてると思ってたのに――」
「うるさい! 言い訳なんて聞きたくないよ! だいたいおかしいでしょ? この国の事情を知らないって自分で言っててなんとも思わないわけ? じゃあどの国から来たっていうの? 隣国だとしても女一人で旅して来られる道じゃないんだよ?」
突如ものすごい剣幕でまくしたて始めたチカに、ハルトウだけでなくサキョウも驚きを隠せない。それでは名指しで引き合いに出された上に、出自についての疑念まで飛び出してしまったヴーケはというと――
「ハルトウ、アタシなら大丈夫だから気を使わないで。それよりもこれ以上チカに嫌な思いをさせないでほしい。このままでは二人は本当に仲|違≪たが≫いして心が離れてしまいそうで心配なの」
「いやしかし、そうは言うけど―― 僕からはなにも言えないよ。真実を知っているとも言い難いしね。だが出自がどうであれ僕はヴーケの考え方は立派だと思うし、何か企んでるだとかそんなことはないと信じているよ」
『てゆうかランド? 今の聞いたぁ? ハルトウってば周りの人信じなすぎになっちゃってるのにアタシのことだけ信じすぎくなぃ? てゆうかアタシってばもしして企ンでる? てゆうかついてきちゃったンだから仕方ないよねぇ』
『でも主さま? 一人で出ていこうとしたら引き留められるに決まってるのでは?』
『ぶっちゃけわかってたけどパン屋さんとこのおチビちゃんがカワイィから断れなくなぃ? アタシだけならどうせ簡単に出られるジャン? てゆうかあんな不祥事ばれちゃったのに捕まえてた人たち釈放しないとか信じらンなぃンだけど?』
『まだ隠し通せるとでも考えているんじゃないですかねえ。ワアには人間の考えがわかりませんよ』
『てゆうかそれを知るのもまた面白いカモね。ぶっちゃけパン屋のお爺ちゃんや農家の人に危ないことさせるのヤだったし。てゆうかサキョウもいい人スギぃ』
とまあヴーケは当然のようになにやら企んでいたわけで、本来は簡単に信じていい相手ではない。しかしその本性を知るはずのないハルトウはまんまと逆を行き、勝手にトラブルへと巻き込まれていくのだった。