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41.無人の街

 王都で最初の動乱が起きたのは王国内務局での事件から数日後のことだった。娘を慰み者にされた親たちが中心となり内務局へと押し込んだことが発端で、二日にわたるいさかいの後、治安維持隊が出動し負傷者を出しながら多数が逮捕されたのだ。


 街には外出禁止令が出され、普段はにぎやかな大通りに王国軍の治安維持兵が闊歩する物騒な雰囲気となっている。こんなことは十数年ぶりだと年配のメイドがぼやいていた。


 そうなると暇で仕方なくなり|うずうず≪・・・・≫してくるのがヴーケである。こんな時に出歩けるわけはないのだが、ダメと言われると逆らいたくなるのが彼女の性分と言えよう。


「絶対にダメだ! 街へ出たなら逮捕されて牢獄行きだよ? この間はツキがあっただけでキミが内務局から目をつけられているのは間違いないんだ。頼むからじっとしていてくれよ」


「そうですよヴーケ。この間はなんでかわかりませんがラウミリー局長たちがおかしくなってしまったのでうやむやになりましたが、わたくしとしても異教を広めようとすることを見過ごすわけにはいきません」


「お二人の言うことは理解しているわ。でも星の導きが教えてくれているの。今は行動することで未来が開けるということを。だからアタシは捕まってしまっても構わないんです」


「またそうやって異教を口にして…… だいたいどこへ行こうというのです? まさかまた内務局へ行こうというわけではありませんよね? 先日の二人は捕えられてしまい、今は監督局の監視下に置かれていると聞いていますから会えませんよ?」


「その前に一つ、サキョウ? 星の導きは宗教ではないのよ? そうね、世間一般の事柄に当てはめるのなら占いが一番近いと思うの。星の導きというのは宗教でも予言でもない、そう考えてもらえると助かります」


「まあ確かにそれなら取り締まりの対象とは言えなくなるかもしれませんね。しかしそれと外出することは無関係、絶対にダメですから、皆と一緒に宿舎で大人しくしていてください」


 わがままを言って外出禁止令の中出かけようとするヴーケを止めるのに必死なサキョウとハルトウだが、それを見ながらあきれ顔なのが言うまでもなくチカである。


 外出禁止令が出てるとはいえ、食料の運搬を中心に多少の往来はあるのだ。そこへまぎれれば街へ出ることは可能だろう。かといってそんな危険を冒す必要があるとは思えない。


 チカはそんなヴーケと、彼女に振り回されるハルトウたちにいらだちを感じているのだ。特にサキョウはハルトウが執着する相手がいないほうが都合いいに違いないし、むしろ自分と同じでいなくなってしまえくらいは願っているはずだ。


 それなのにああやって引き留めていることになにか理由があるのか。それともただのお人よしなのかといえば後者だろうと考えていた。


 もし自分が外へ出ると言ったらハルトウは止めてくれるだろうか。もしかしたら勝手にしろと突き放されるかもしれない。そうなったらもう勇者小隊を抜けて村へ帰ってもいいかもしれない。


 チカはふとそんな捨て鉢な考えが頭をよぎり、いてもたってもいられなくなってしまった。こうなったらどうにでもなれと言わんばかりにヴーケの手を握り玄関へと歩き出しながら啖呵を切る。


「まったくうるさいわね。街へ出るくらい何よ。治安維持兵が怖いなんて勇者小隊の名が泣くわよ? ほらヴーケ、一緒に行きましょ? どうせジェラートだって売ってないんだからすぐに引き上げるしかなくなるわ」


「チカも一緒に行ってくれるの? アタシはどうしても行かないといけないところがあるの。街には嫌な空気が流れているでしょう? 彼らの元へ行って救いの手を差し伸べなければいけないわ」


「今は街中が不穏な空気に包まれているじゃないの。こんなときにいったいどこへ行こうというわけ? そこまで言うならウチが一緒に行って見届けてあげるわ。ハルトウも勇者として国のために働いているんだから、この程度のことで四の五の言わせるんじゃないわよ!」


「僕にそんなこと言われても…… 外出禁止令は政府が出しているんだよ? つまり僕らだってその下で働いているんだから逆らったらまずいだろ」


 そんな押し問答は時間を余計に使っただけでまったくの無駄だった。結局ハルトウはヴーケ側についたチカにも押されて言い返せなくなり、そろって街へ出ることになってしまったのだ。


 しかし押しとどめ損ねたハルトウとサキョウ、それに加担したチカも気になるのはヴーケの行先である。中央通りの店は全て閉まっており、食事でさえ朝晩の配給でまかなっているような状況下でいったいどこへ行こうというのか。



 とりあえず今はついていくしかないと、一行はヴーケを先頭に人のない往来をぞろぞろと歩いて行った。迷いなく通りを進むヴーケをみるハルトウは、また星の神々か何かに取りつかれたのかと不安をかんじている。


 だがそのほかにも気になることが多すぎて、宿舎を出てから辺りをきょろきょろ見回しているハルトウからは勇者の風格は感じられない。それどころかどちらかと言えば不審者のようである。


 チカはそれを見ながら百年の恋も冷めそうだとあきれ顔だし、サキョウですら溜息をつく始末だ。気にしていないのはヴーケだけだが、どちらかというと今はハルトウの存在をまったく気にしていないからだった。


 足早に大通りを歩いていくが、外出禁止令のせいで人通りが少ないのはともかく街の警備員や軍属の兵士などもおらず、王都はまるで廃墟のようになっている。いくらなんでもこれはおかしいと感じてはいるが、今はヴーケについていくしかなく様子を探ることはできない。


「いくらなんでも人が全くいないとは…… これなら取り締まりなんて気にしなくても良かったかもしれないなあ。ヴーケはこの状況を知ってたのかい?」


「いいえ、アタシも知りませんでした。でも想像はできたわよ? 皆、いわれもない罪で捕まりたくはないでしょうし、ましてや国の偉い人に食い物にされていたなんて事実、恐ろしくて仕方ないに決まっているわ。ハルトウ? まさかアナタも恩恵を受けていたわけではありませんよね?」


「見損なわないでくれ! 僕はそんな悪行に加担したりはしないさ。ただね、その…… パーティーに参加したときに、その、あれだよ…… そういう系の話を持ちかけられたことがあるのは確かだ。その相手というのはもしかしたらやつらが不正というか悪行というか、そうやって集めた女性たちだったかもしれないね」


「ほぼ間違いなくそうでしょうね。権力者の犠牲になるのはいつも弱いものだなんて言うでしょう? 街の人から聞いた話だと、若い女性はこれから子育てをするだろうからという理由で思想を厳しく取り締まられる傾向があるらしいわ。チカやサキョウは思い当たることないの?」


 ヴーケに尋ねられたチカは肩をすくめ、そんなことは王国では常識だと前置きしてから語り出した。サキョウも横でうなずいている。


「あのねヴーケ、王国に限らず人間なら、いいえ、それ以外の動物だって同じだと思うけど、子供は女から生まれるものでしょう? で、人間の場合は男が外で働くものだと思うのよ。少なくともこの王国ではね」


「まあそうでしょうね。買い物へ出ても店主は男性が多いものね。でもそんな一般論がどう関係しているの?」


「まああわてないで聞いて? 王国では十三歳になると学校へ通うようになるんだけど、女は家事や子育てについて、男は武器や戦術について学ぶのよ。もちろん読み書きや計算もやるけどそれは商いをやっている家の子が中心ね」


「つまり子育ては女性の仕事だというのが国の方針ってこと? 学校へ集めて教えるなんて徹底しているとは思うけど、効率はいいのかもしれないわね。だけど思想まで教えるなんて教育というより洗脳じゃない?」


「ちょっと昼間の往来でなんてこというのよ! 警備兵に効かれてたら一発で連行されちゃうわよ? 学校では無理やりじゃなくて王国の常識をしっかりと教わるってだけ。でもやっぱりその考えから外れちゃう人は出てきちゃうのよねえ」


「それを連行して再教育するの? それじゃやっぱり――」


 ヴーケが再び同じ言葉を口にする前にサキョウが肩に手を置き制止する。さすがに国家方針への批判を何度も聞き逃すわけにはいかないというのが彼女の立場なのだ。


「サキョウごめんなさい、アナタに気を遣わせてしまうような事柄なのね。でもそれを理由に捕まえて連れて行って、偉い人たちの慰み者にするなんて間違ってるわ!」


「そうね、それは当然間違っているし断罪されるべきでしょうね。だから今は街で反乱行為が行われてしまっているのでしょう? わたくしたちも政府側だと言われ襲われても不思議ではないのよ?」


「そうかもしれない。でもきっと大丈夫、話し合えばきっとわかってくれるわよ。ほらもうすぐそこだから」


 その言葉にハッとした三人は、ヴーケの行先が街で反政府運動をしている者たちが集まる場所なのだと気が付いたのだった。

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