40.王都の混乱
内務局での騒ぎはとても隠し通せるものではなく、その噂はあっという間に街中にも広がっていった。それもそのはず、まだ日が高いというのに政府高官が奇行ともいえる様子で内務局の前へ出て自らの罪を告白しているのだから人が集まってくるのは当然のことだ。
内務局長であるラウミリーにその腰ぎんちゃくの秘書官ヨボシの賢明な懺悔はどこの誰に向かって行われているのか。そんなことは誰にもわからないが、確かに言えるのはこのまま放っておかれるはずがないということである。
「こらあ! ここに集まるんじゃない! 立ち去れ立ち去れ、見物を続けている奴らは容赦せずひっとらえていくからそのつもりでいるんだぞ!」
「ラウミリー内務局長、それにヨボシ秘書官、一緒に来ていただきますよ? 聞いてますか? うーん、これは明らかに正気とは思えん。構わないから引っ張っていけ」
騒ぎを聞いてやってきたのはパリッとした制服に身を包んだ集団、内政監督局に属する|警邏≪けいら≫官たちである。街の警備員の上位に位置する立場の者たちがやってきたということで、やじうまたちは徐々に後ずさりしまばらになっていく。
なんといっても警邏官たちの権限は絶大で、事件とは言えないようなちょっとした出来事でもすぐに逮捕して連れて行ってしまうのだ。その後はこってりとしぼられ家に帰されるのだが、一部のものは役所での勤労奉仕を命じられることもある。
その勤労奉仕にはあまり良い噂がなかったのだが、その悪評の当事者が現在進行形で懺悔を続けているのだから警邏官たちも早く始末をつけたいところ。しかしことはそううまく運ばなかった。
「お前たちもグルじゃないのかよ! 威張ってるくせに裏では女を食い物にしてやがって! 許せねえぞ!」
「そうだそうだ、逮捕するだと? やれるもんならやってみろってんだ!」
まだとどまっていた群衆の中からもっともな声が上がると、次々に非難と罵倒の声が浴びせられ始めた。にらみを利かせて止めようとする警邏官たちだが、いつの間にか戻ってきた人々に周囲を囲まれて形勢がいいとはとても言えない状況だ。
警邏官たちがひるんだ様子を見せたことから、群衆の熱はさらに上がりとても抑え込める状況ではなくなっていった。このままでは暴動が起きてもおかしくはない。
だがいくらなんでもこんな短時間で人々が声をそろえて上げ続けるだろうかと警邏長はいぶかしんでいた。この状況でも泣きわめくように懺悔をやめないラウミリーとヨボシの様子もおかしい。
「もうこれでは我々の手には負えぬ。局長室へと報告し指示を仰ぐのだ。急げ」
「はっ! かしこまりました」
警邏長は伝達係へと命じ、王城内に詰めている内政監督局へと報告をあげた。さらに自分たちはいったんその場を離れ、街にある詰所で待機することにした。
「うーむ、これは異常事態と言うほかないな。いったい何が起きているというのだ? まさかおかしな薬でも盛られたのか、それとも―― 魔人族による魔法攻撃を受けているのではあるまいな?」
「警邏長! 街の者たちが集結を始め抗議集会を行うと息巻いているようです。このままでは大騒ぎになりそうですが…… いかがいたしましょう」
「わからん、すべては上の判断次第だ。正直言ってラウミリー内務局長たちの言っていることが本当なら擁護はできん。まさか内務局がそのような真似をしていたとは情けないことだ。それに我らがとらえた者たちの中にも被害者がいたかもしれないのだぞ? 今後どんな顔で街を巡回すればいいのやら……」
「私らのような末端にはそんなうらやましい話は降りてきませんからねえ。警邏長も関わってないとなるともっと上の方たちだけの楽しみだったのでしょうか」
「こら、王国民を守るべき立場の我々がそんなことを言ってはいかん。まさか取り締まりと称して王都民から小銭をせしめていないだろうな? 副長ともあろうものがそんなことでは困るぞ?」
「ま、まさかそんなことするはずありませんよ。噂は聞きますが別の隊ではないかと。誉れ高き我らが一番隊にそのような輩はいないと信じております」
待機しつつ街の様子をうかがっている警邏隊でそのような会話がなされている頃、騒ぎの裏で暗躍している者たちもまたよからぬ相談をしているところだった。
『てゆうかちぃにいにのゆう通りにしたょ? ぶっちゃけアタシにはなんでんなことすンのかわかンないけどさ』
『うむ、ボクもこの先どうなるかは完全に予想できるわけじゃない。だが間違いなく言えることは王都での対立は深まり、物資の流通は滞るだろう。だから今ままで小麦と米を押さえてきたのさ』
『てゆうかンなことしたらみんな飢え死にしちゃぅょ? カワイソじゃん?』
『確かにひもじいかもしれんが、あえてイモ類と雑穀には手を付けないところがポイントなのさ。穀物は|猪豚人≪オーク≫へ流し、向こうからイモを仕入れて王都へ流せば儲けは倍増、しかもどちらからも感謝されてタックボルへの信頼が増してボクにも恩恵が増えるわけだな。わかっただろ?』
『てゆうかぜんぜんわかンなぃンですけど? アタシにいぃことぜんぜんなぃンですけど? てゆうかむしろ退屈が増して最悪? みたいな』
『ふざけたことを言うなよ。もとはと言えばお前が戦争やめさせようと言い出したんだろうが。このまま内乱が続くか広がれば外部への侵略どころじゃなくなって、お前のお気に入りの勇者も安全ってわけだ』
『でもぶっちゃけハルトウってアタシの魅了にかかってンじゃないかと思うわけなのょね。てゆうかチカもサキョウもハルトウのこと好きだし? 盗っちゃうのもなんか違くなぃ? しょせんは人間族だからすぐ死ンじゃうし?』
『そんな内輪の痴情は知らん。だが人間族の寿命を延ばす方法はあるんだぞ? 実際に魔王国へ移住してきた人間たちは軒並み魔人へ変性してるんだからな』
『えー!? なにそれ!? てゆうか初耳なンですけど? ちょと信じられなぃンですけど? てゆうかもししてママも人間なの?』
『ママは魔力あるから違うだろ。子供のボクらも魔人だしな。そういやこないだお前が連れてきた人間いただろ? どっかの小隊長と結婚したっていう女も魔人変性を検討してるはずだ』
『あぁシノロのことだょネ? そっか、それならサーノウとずっと一緒にいられるンだネ。てゆうか一安心? てゆうかそんな方法あるなら世界中の人間を全部魔人へ変えちゃったらいぃのに。したら戦争もなくなって平和みたいな?』
『まあ理想論ではあるけどな。逆に人間たちも同じことを考えているだろうよ。だから侵略をやめないんだろう。どっちもどっちってことさ』
『ンもう! にいにはどっちの味方なのヨ! てゆうかお金が友達みたいな? ぅわぁさみしぃ人生だネ。てゆうかカワイソだからアタシがデートしたげるょ? ぶっちゃけずっと部屋に籠ってたら不健康な感じするし? たまになら付き合ったげよっかな。もちろん有料だょ?』
『余計なお世話だし金取るのかよ! とにかくお前は街の人々をたきつければいいんだ。細かいことはタックボルへ聞けばいいからな? 絶対に勝手な判断で余計なことはしないように。相場と無関係なら構わんがお前は何するかわからんからなあ』
『てゆうかアタシほどわかりやすいコはいなぃと思うょ? アタシは毎日楽しく過ごしたぃダケなのヨ。ぶっちゃけお金にも興味ないし? デモちょっとくらいないとあんま遊べないからお小遣いはヨロでーす』
『王都を経済的に掌握できたらいくらでも贅沢させてやるさ。なんなら周辺の街を一つくらい動かして学んでみるのもいいだろうな。将来はお前が魔王になるんだから少しは勉強になるだろう』
『てゆうか魔王になるの確定なン? にいにたちは魔王になりたくなぃの? 王様って一番偉いンだょ?』
『魔王国の王は責任をすべて背負わされて政治のすべてをつかさどる雑用係のトップだからな。遊んで贅沢ができるわけじゃない。自由はないし仕事は多い。魔力のほとんどは国のために使うから普段から節制しないとならんとがんじがらめだ』
『てゆうか魔王になってもいいことなくなぃ? ぶっちゃけにいにたちってば全部アタシに押し付けようとしてるでしょ?』
『物事には適正というものがあるんだよ。ボクは経済的な面で魔王国へ貢献するさ。その時がくれば、な』
ヴーケならば魅了を使えば人民の扇動はたやすい。頭を使うことは苦手でも言われたことをこなすくらいわけないので、賢いダボールにはいいように使われてしまう。
それでも暇を持て余すよりはよほどいい。兄の指示に従っていれば小遣い稼ぎにもなるので、しばしばタックボルの店へ行っていたヴーケである。
これまで街を訪れる行商人を中心になんども魅了の力を使い、ダボールとタックボルの利益に協力してきた。すなわちいまさら断る理由もないわけで、楽しさを感じないままに街の者たちの扇動を続けるのだった。