39.贖罪の時
自分に国家を裏切るような真似ができるだろうかとの考えが頭の中を駆け巡ったまま事情聴取が始まってしまい、覚悟を決めきれず情けない思いで見守っていたハルトウである。
しかし今はそんな葛藤と不安と自己嫌悪を考えている場合ではなくなった。
「――――おわかりでしょう? あなた方は罪を償わなくてはなりません。今こそ|贖罪≪しょくざい≫の時なのです。そしてその罪はアタシがすべて引き受け赦しましょう」
「まことにございますか!? 私のような|罪人≪つみびと≫が|赦≪ゆる≫しを得られるのでしょうか。神はまだ見捨てずに手を差し伸べてくださいますか?」
「もちろんです。夜空にある無数の星々と同じように人の罪も数えきれません。それでも赦しは平等にやってくるのです。さあ贖罪を始めましょう。まずは許しを得るために罪の告白を行おうではありませんか」
「ははっ、私は局長の地位を利用して神殿へ集められてくる女たち、いえ、女性たちを我が手によって|汚≪けが≫してきました。慰み者にし|辱≪はずかし≫めることで彼女たちの尊厳を砕き意のままに操っていたのです。自分自身の欲望処理は言うまでもなく、他の高官との取引に使うことや、部下へ与え局内における自身の勢力を増すために利用したこともございます」
「わた、私も同様でございます。その恩恵に|与≪あずか≫ろうと局長の秘書官として各所から集めさせた女性たちに罪を背負わせてまいりました。しかしこれからはそのようなことはいたしません。どうか赦しを、神の赦しをくださいませ!」
「こらヨボシ! ワシが先なのだ、お前は大人しく待っておれ」
「そんなぁ局長、それはずるいですよ。今まで散々上玉を世話してきたではありませんか。それでも私のほうが罪は軽いはずです。先に赦しをいただいても構わないでしょう?」
ハルトウだけでなくサキョウもあっけにとられ言葉も出ない。なぜだかわからないが、事情聴取だと言ってヴーケに発言を求めたラウミリーとヨボシは、突然に自分の罪を告白しだしたのである。
それでもこれは好機だと我に返り、ハルトウは局長室の扉を開け放った。廊下には他の役人や職員たちが歩いている。この状況を見れば当然何事が起きているのかと覗くに決まっていた。
そんな状況下でもラウミリーたちの懺悔は続いている。下っ端の役人や一般職員はその言葉を聞いて驚くものが多いが、その中にはあわてて逃げ出そうとする者もいる。
すなわち同類ということなのだろうが、逃げると言ってもいったいどこへ行くというのだろうか。去っていく役人の背中を見ながらハルトウは苦笑するしかなかった。
「おいこらっ! いったい何の騒ぎだ。お前たちは職場へ戻るんだ。局長はいったい何をしているんだ? あの…… サキョウさま、勇者さま、局長たちに何が起きているのでしょうか」
やってきた別の高官も不思議そうに眺めているが、平然としていられるということは穢れていないか神経が図太いかのどちらかだ。この男がどちらなのかサキョウには知る由もないが、突然罪の告白を始めたことだけは伝えておいた。それだけ聞くと男はどこかへ去って行ってしまった。
「さあ懺悔を大衆にも広く聞いてもらいましょう。街へ出てすべてを明らかにし、民から罰を与えてもらうのです。さすれば神の赦しがあなた方へと降り注ぐことでしょう。さあお行きなさい」
ヴーケの言葉が最後のひと押しとなり、ラウミリーとヨボシは立ち上がって一目散に走って行った。どうやら本当に街へ出るのかとハルトウとサキョウはあっけにとられつつも、出ていく二人を見送った。
残されたのは当然のようにヴーケにハルトウとサキョウの三名だけ。ハルトウはキョロキョロしながらまさかこのままおとがめなしで帰っても構わないのかと考え込んだ。
しかしそんな都合のいい話があるわけもなく、別の役人が現れたのであった。
「勇者さま! これはいったい何の騒ぎです? 勇者さま方がなにやら騒ぎを起こしていると、警備を通じてこちらへ連絡が入ってきたのですよ?」
「いやいや騒ぎを起こしたのは僕らじゃありませんよ。なぜかわからないけど内務局長たちが突然懺悔を始めたと思ったら、たった今外へ飛び出してしまってどうしたものかと。今回はおとがめなしってことでもう帰っていいですかね?」
「おとがめなしとは? こちらの少女がなにか罪を犯したというのですか? そういえばサキョウさまはともかく、勇者さまが内務局へいらっしゃるなんて初めてではありませんか。いったい何用だったのです? 王城へおいでになるならまずは監督局へ話を通してもらわないと困りますよ?」
「あ、いや、その…… なにか罪ってことじゃないんですけど……」
思わず余計なことを言ってしまい口ごもってしまったハルトウだが、そこへすかさずサキョウが助け舟を出した。
「メイスチン政務官さま、こちらの少女は記憶障害を抱えておりまして、少々騒ぎになりそうなことを口走っていましたので神殿で保護しようと思い許可を求めにまいったのです。保護したのがハルトウですので一緒に来てもらったのですが、話を通さず失礼いたしました」
「なるほど、そういった事情だったのですね。そういえば北方への出立前に同じようなことをおっしゃってましたな。これがその少女というわけか。話だけしか聞いていませんでしたがまだ子供ではありませんか」
「いえ、本人いわく十七歳とのことです。それも定かではありませんが、今は信じるしかありません。それで政務官さま? このまま連れて帰ってよろしいですか? どうやらお忙しくなりそうですし、少女一人にかまけている暇はなくなりそうですね」
サキョウがそういって扉の向こうに目をやると、職員たちが役人たちと押し問答している様子が見える。メイスチンもつられて振り返るが、漏れ聞こえてくる怒号に妙な反応をしながら後ずさりを始めた。
「う、うむ、その娘が何をしたのかを聞く必要はあるのだが、それは後日ということにしようではないか。勇者さま、次いらっしゃる際にはまず監督局へ話を通して下さいませ。内務局のやつらに主導権を握られてはいけませんからな」
「はあ、わかりました。それではこれにて失礼しますね」
状況がすんなり呑み込めていないハルトウだが、ヴーケの身に迫った危険がなくなったことだけははっきりとわかる。それがなぜ起きたのかはわからないが、おそらく星の神々とやらの力なのだろうと納得することにした。
かたや、ホッとしつつも釈然としないのがサキョウである。ハルトウ同様に、星の神々の力によってラウミリー内務局長たちがおかしくなり懺悔をしたのはほぼ間違いないと考えている。
だが、偽りの神を掲げてるとはいえ、自分たちが王国のために尽くしてきた一族であることもまた事実。とはいえ王国のための働きというのが民のためではなく、一族の私欲のためになっていたことは否めない。
その一つである、役人たちの悪行を今まで見過ごしてきたというのに、これほどあっさりと暴き出してしまったのだから面白くはない。このままヴーケを野放しにしていたらほかの役所でも同じようなことが起こる可能性は高いのではないかと考え始めている。
それがいくら正当で正義であろうと国政の混乱を招くのは必至である。勇者小隊に所属してはいるものの自身も政府役人のはしくれであるサキョウは、正義感と保身、そして一族と神殿の存続について真剣に考えなければならないと頭を抱えるのであった。