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38.内務局の役人たち

 いくら気が乗らなかろうが、今行われている行為を止めることは国家に刃向うことになる。ハルトウはどうすることもできずにヴーケの後について歩いていく。


 そのヴーケの手を引いて王城へ向かっているのは神官であるサキョウだった。彼女は国教である太陽神信仰を揺るがそうとする不届き者を取り締まるという、神官としての責務を担っているのだ。


 自分のことを星の神から遣わされた、人を超えた存在と宣言したヴーケだ。神殿から見て取り締まりの対象となることは疑いようがない。太陽神以外を持ち上げた程度なら神殿で再教育を行う程度で済む。


 しかしヴーケの場合は自らを神の代弁者であり伝道者だと言い放ってしまった。もし神殿の上位機関である王国内務局へ引き渡せば、軽くて無期限の強制労働、最悪の場合は奴隷堕ちや死罪もありうる。


 それがわかっているだけに、サキョウですら気が乗らないのも無理はない。なのになぜヴーケは自ら捕らわれ裁定の場へと歩み出ようとするのか、その心中は誰も理解できなかった。


 その道すがら、神妙な面々に反してこの状況を楽しんでいるものが一人。言わずと知れたヴーゲンクリャナ当人である。


『あのう主さま? ワアが先ほど申し上げましたよね? それなのになんでわざわざ出頭して捕えられるような真似をなさるのか…… 遊び心なんて軽い気持ちで済むとは思えませんぞ?』


『てゆうかランドてば心配しすぎぃ。アタシったらめっちゃいいこと考えついちゃったンだよねぇ。ぶっちゃけ思いついたら即実行みたいな? んでとりま捕まって投獄されたかったンだもン』


 もちろんガークランドゥが抱いているのは主の身を案じての不安ではない。どう考えてもこれからひと騒動起きることが目に見えているからであり、人間の国へきて初めて味わった極上で美味な生命力との別れが惜しいだけである。



 それぞれの心持はともかく、場所的には隣に位置しているのが王城なので、いくら気が進まずのろのろ歩いたとしてもすぐについてしまった。正門にある警備兵詰所にて入城の手続きを行い担当の役人が来るのを待つ。


『なあヴーケ? 本当にこのままで構わないのか? 今ならまだ逃げることもできるし、僕もなるべく手助けするよ?』


『ハルトウ、あなた様は勇者なのですからそのようなことを言ってはなりません。アタシのことは心配せずいつもの生活へとお戻りくださいませ。それにそんなことを誰かに聞かれでもしたら大事になります。どうか慎重に』


 こそこそと危険なやり取りをしているところへ担当者がやってきた。目つきの悪い男はシーツにくるまれたヴーケを値踏みするようにじろじろ眺めてからサキョウへと向き合って表情をガラリと変えた。


「これはこれはサキョウさま、本日は反逆者を連行いただいたとのこと。おつかれさまでございます。ラウミリー局長も大変お喜びになっております」


「ヨボシさま、連れてきたものは若い女性ですのでどうかお手柔らかにお願いいたします。できればわたくしのもとで改宗させ正しい道へ導きたいとも考えております」


「ふぅむ、それは私では判断できませんし、ここで立ち話ではなおさら。まずは局長室へまいりましょう。勇者さまもご一緒に? 担当外なのにご熱心なこと、頭が下がります。もしやこの異教徒となにか関係が?」


「まあ関係というか、僕が戦地で保護してきたものだから気になってね。まだ厳罰に処すには若すぎる。できるだけ穏便にお願いしたいと僕も考えているのさ」


「さすが勇者さま、高潔で立派なお考えをお持ちだ。ではともにまいりましょう。処遇についてはラウミリー局長がご判断くださいます」


 こうして三人は、内務局長の秘書であるヨボシを先頭に王城の敷地内へと入っていった。特に逆らう様子がないからなのかヴーケに警備員がつけられることもなく、サキョウに手を引かれ歩いていく。


『このヨボシと言う方、サキョウやアタシのことを舐めまわすように見てきて嫌な感じですね。それにあの笑い方もいやらしい感じだし』


『もうヴーケったら、聞こえてしまいますよ? あの方はパーティー会場でも女性からの評判が良くない方ですからね。もちろんわたくしも大嫌いです』


 明らかに女性をモノとして見るタイプのゲス男なのだが、王国ではこういった人材が出世しがちである。このヨボシのような男も特に珍しくなく、役人の中に入ればごく標準的な人物だ。


 特に内務局では神殿を下部組織に持つこともあって女性との接触機会も多い。そんな組織に集まり出世を目指す人材がどのような者たちなのかは、推して知るべしと言えよう。


 そんな内情についてヴーケへと説明するサキョウは、できるだけうまく立ち回ってヴーケの身請け人となって勇者小隊へ連れて帰るつもりである。そのためには当人が下手なことを言い出さないよう釘を刺しておきたかった。


『ご心配ありがとう。でも大丈夫、アタシにはこの先の不安なんてなにもないの。きっと神の導きによってうまく進むに決まっているわ』


『だからそういうことを言わず黙ってわたくしに同意していてください。そうすればきっと温情判決が出るはずですから。彼らも神殿と対立したくないし、恩を売っておきたいと考えてくれるでしょう』


だが、ヴーケからその返答がないまま局長室へ着いてしまった。先にヨボシが局長へ許可を取りに中へ入る。しばらく待たされた後、再び現れたヨボシによって室内へ通された。


 部屋の正面には大仰で高級そうな机があり、その中央に老人が座っている。その両脇には若い女性がたっており、その髪の乱れから今までなにをしていたのか容易に想像がつく。


「局長、サキョウさまと勇者さまをお通ししました。おい異教徒、ラウミリー局長の前だ、その薄汚い布を取って地べたへひざまずくのだ」


 その高圧的な態度にハルトウは怒りを覚えたが今は我慢するしかない。だがこのまま自分を抑えきれるかどうか、わずかに不安を覚えていた。


 だがハルトウの心配をよそにヴーケは素直に応じ、無言でシーツを取ってサキョウへと渡した。その瞬間、思い出したようにサキョウはハッとしたが、すでに体から光を放つ異常現象は収まっていた。


「ほう、まだ子供ではないか。これではつかいみ―― 労働従事は無理だろう。まあ改宗するというのであれば奴隷堕ちは勘弁してやってもよいがな」


「局長? それではこの異教徒は私が直々に再教育を担当いたしましょう」


 しかしここで黙っていられなかったのがサキョウである。ラウミリー局長の独断で罪の重さが決まってしまうのも問題だが、それよりもこのままではヴーケが役人の慰み者になってしまう。


「ラウミリーさま、再教育はわたくしにお任せくださいませんか? こちらの娘は先日北方戦線へと赴いた際に同行し、囚人たちの監視において適性があり役に立っております。このまま勇者小隊へ置く許可をくださればわたくしが改宗させましょう」


「この娘が囚人たちの役に? ううむ、これがねえ……」


 ラウミリー局長はヴーケの身体をまじまじと見つめ疑念の表情を浮かべた。もちろんサキョウは囚人たちを落ち着かせるヴーケの歌が役に立つと進言したのだが、このゲス男たちにはそう伝わっていない様子だ。


「ふむ、神官長のご息女であるサキョウどのが直々というならお任せしたほうが良いのかもしれないが―― 最終決定前にまずはこの娘の事情聴取をするとしよう。ヨボシもそれで構わないな?」


「もちろん異論ございません。へへっ、すべてはラウミリー局長のご判断ひとつですからな」


 明らかに何か企んでいる顔で下品な笑いを浮かべたラウミリーとヨボシは、再びヴーケを覗き込む。それを見たヴーケは、なんの不安もないという言葉のとおり、平然と普段通りの笑みを浮かべていた。


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