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37.光る姫

 あわただしいなんてものではない。ハルトウの表情は鬼気迫ると言ってもいいくらい尋常ではない様子をあらわにしていた。その背後からもチカやサキョウも覗き込んでおり、わかっていないのは部屋の主であるヴーケだけのようだ。


「本当になんともないのかい? まるっきり気にしている様子がないけど…… 今こうして正面に立つと相当なもんだと思うんだが、自分では気にならない?」


「ええっとハルトウ? それはいったい何のことなのでしょうか。アタシはこの騒ぎで目覚めたばかりなので何が起きてるのか全く分からなくて…… えっ!? わからなくない! もしかしてこれってアタシの身体からですか!?」


 ハルトウに言われてようやく気が付いたが、なんとヴーケの身体はまるで窓から差し込む陽の光のように輝いていた。と言っても熱くもなんともなくただまぶしいだけなので実害はそれほどない。


 魔法を使うときにはその効果で自分自身がダメージを負わないよう自然と保護をかける癖がついている。今は輝きで目に悪いと判断したらしく、無意識に瞳を保護しているためまぶしいというわけではない。それでもありえないほど光っていることくらいは一目見てわかる。


「あ、アタシどうしたらいいんでしょう。いったい何事が起きてるというの!?」


「まさかとは思うが自分の意識はあるんだね? きちんとヴーケ本人としてここにいて会話もできていると考えていいかい?」


「当たり前です、いったい何をおっしゃって―― あっ、いえ、本当にアタシ本人ですし、意識もはっきりしているので大丈夫です」


 だが意識がはっきりしていて大丈夫なのはヴーケだけで、本人かどうかを心配しているのはハルトウだけである。そのことに気が付かないほど頭の働かないものばかりではなく、この状況を心配している方向が全員同じでないことを疑問に思う者がいて当然だろう。


「ねえヴーケ、それにハルトウもさ。二人ともなんかおかしくない? 人間の身体が光ること自体が異常だと考えるのは全員共通してると思う。でも二人だけなんでヴーケの意識がしっかりしているかどうかを気にしてるわけ?」


「それは―― 僕がチカへ説明しなきゃならないことかい? 確かに疑問を持たれるようなことを言ってしまったかもしれないけど、これはあくまでヴーケの体質に関係することなんだ。個人のことをなんでもおおっぴらにすべきだと、僕は思えないな」


「あのう、ハルトウ? わたくしも同じ疑問を抱いたので、できれば説明していただきたいとは思います。ですがあまり個人的な部分へ踏み込まないほうがいいという意見も尊重したいと考えます。ですが人の身体が光ることを体質の一言で片づけるのは少々乱暴ですし、却って疑心暗鬼の思いが強くなるというものでしょう」


「だけど誰にだって人には言えないことがあるだろう? それをみなで囲んで暴き出すというのは感心できない。とりあえず本人が苦しんでいるわけでもないんだし、今はそっとしておこう。ほら、部屋を出よう」


「いやいやハルトウさあ、それはいくらなんでも通らないよ。ウチらは小隊を組んで命を懸けている仲間じゃないの? そこへアンタが連れてきてごり押してまで面倒見てるヴーケのことだよ? 明らかにしておかないとこの先ずっとうがった目で見るしかなくなるじゃないさ」


 もともとヴーケのことを快く迎え入れたわけではない女性陣だからということもあるが、あわてた様子はあるもののパニックにならず他人事のように自身の身体を観察しているヴーケに何か隠されていると考えて当然だった。


 その疑念に拍車をかけたのは、この異常事態にあまりにもおかしな心配をしているハルトウであることは言うまでもなく、取り繕おうとすればするほどその隠し事が重大であることを示していると感じるものだ。


「ハルトウ、大丈夫ですよ。アタシが自分で説明しますから気にしないで。その結果どうなろうとそれは仕方のないこと。でもきっとこの先もうまくいくことでしょう」


「――それは…… 導きによって?」


 ハルトウの質問に無言でうなずいたヴーケは、ゆっくりと深呼吸をしながらベッドへ腰を下ろした。それから皆をぐるりと眺めてから淡々と自身の境遇について語りだすのだった。



 星の神々の遣いであること。気が付いたら地上へ降り立っていたこと。星の導きによって魔人たちに捕えられたこと。そしてその導きのとおり勇者と巡り合ったことなど、その内容によってこれまでの出来事と行動に説明がつく。


 たまにテルンがそんな馬鹿なとつぶやいたり、ザゲラがうーむと考え込んだりする中、チカとサキョウは黙りこくったまま真剣にヴーケの話に聞き入っていた。ハルトウだけは不安そうに横目で仲間の様子をうかがっている。


 やがてヴーケの言葉が長く途切れ一連の話が終わりを告げたことを示すと、まるで息を止めていたかのように真剣に聞いていた全員が安堵の溜息を漏らす。そんな空気につられてヴーケも大きく息を吐き出すと、なんなりと聞いてくれと言わんばかりに顔をあげて皆を見つめた。


 話をしているうちにヴーケを包む光はいつしか弱くなっており、今ではうっすらと光を放っている程度だ。かといって普通とは程遠い状況ではある。


 だが当の本人はそんな不可思議な現象を楽しんでいるどころか、その態度とは裏腹に心の中ではろくなことを考えていなかった。


『てゆうかアタシ演技派? ここでいい感じに信用してもらえるとラクなンだけどたぶんムリぽ。ぶっちゃけ退屈でちょっと飽きてきたからちょっとくらいさわぎになったほうがいっかなって思わなくなくもなくない?』


『主さまの思うままに、と言いたいところですがねえ。宗教的な観点からすると、あまり下手なことを言うと捕えられる可能性もありますぞ? くれぐれもお気を付けいただかないと|大事≪おおごと≫にしてしまいますでしょうに』


『てゆうかそれってアタシが捕まってカワイソとかぢゃなくて脱獄とか逃亡で騒ぎ起こすって意味でゆってない? いやまああってるンだろうけどぶっちゃけランドてばアタシよりアタシのこと理解しすぎててワロ』


『そりゃそうです。ワアは主さまから生み出されたのですからな。|てゆうか≪・・・・≫これも何度も繰り返している話題ですな。さてと、どうやら彼女らの考えがまとまったようですぞ? どう転ぶのかと勇者の出方が気になるところですが――』


 そんなよくできた使い魔であるガークランドゥが言った通り、重い空気感の中ハルトウがヴーケの前まで歩み出てその|側≪かたわら≫へとかがみこんだ。


「ねえヴーケ? そんなに無理をすることはないんだ。僕がついているんだから不安を抱え込んだりしないことさ。お互いになかなか理解されない境遇ではあるんだから助け合っていこうじゃないか」


 さすが勇者と言いたくなるような立派な発言に仲間たちは驚嘆の様子を見せるが、一人だけ納得していない態度をあからさまにした。それはもちろんヴーケを快く思っていない、つまり嫉妬しているチカだった。


 ヴーケの言ったように本当に星の神々とやらから遣わされた存在だとすると、ハルトウ同様神からの力を授かった特別な人間ということになる。だからこそこんなに肩入れしているのだと理解はできたものの、それで心安らぐほどできた人間ではないのだ。


 そんな風に、奥歯が砕けそうなくらい力を込めるチカとは対照的に、冷静どころか気分を良くしているのがサキョウだった。彼女にしてみればハルトウがヴーケに夢中なわけではなく、特殊な理由により共感を抱いていただけだと考えたのである。


 だがそれはそれとして神官としては見過ごせない。なんといってもマイナト王国は太陽神信仰という一神教を根底に持つ国家なのだ。誰かが国家保安局か騎士団へでも密告したならヴーケは反逆罪や騒乱罪の疑いで捕えられてしまう。


 サキョウにとっては切り札と言える情報ではあるのだが、知ってて見過ごしていたと言われると、それもまた自身の首を絞めることにもなりかねない。こんな重大な秘密をあっさりと明かしてしまうなんて、サキョウにとては信じがたいことだ。


 だがヴーケは突然地上へ降り立っていたということなので王国の事情を知るはずもなく、罪であるとも考えていないのだろうと自分を納得させ、この情報の取り扱いについてどうすべきか早めに結論を出さなければならないと頭へ叩き込んでおくことにしようと決めた矢先のこと――


「ハルトウ、アタシは無理をしているわけじゃないんです。ただ導きに従うだけなのですから。さあサキョウ、行きましょうか」


「えっ? ええっ!? どこへ行こうと言うのです? しかもわたくしとと言うことはまさか……」


「詳しいことはわからないけど、アタシの告白を聞いてしまったからには黙っていられないでしょう? 放っておいたらサキョウの立場が悪くなってしまうかもしれないはず。気にしないで、アタシはそのこともわかっているの」


 そういうとベッドから立ち上がり、シーツを体に巻きつけて光っている部分がわからないよう身を隠した。なにか覚悟を決めたようにも見えるその所作を見たサキョウはとても断りきれず、ヴーケの手を取って部屋を出た。

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