36.戦後処理
大きな戦の後はなにか大きな楽しみが待っていて欲しいものだ。そんなささやかな願いは、いつもなら帰還パーティーという形で現実となる。しかし今回は実質敗戦のため、帰還してきた指揮官や兵たちの表情も冴えないものでパーティーどころではなかった。
勇者小隊は自分たちの役目をきっちりと果したのだが、それを見透かされたように裏をかかれた訳なので、こちらも落ち込みながらの帰還となっている。
「それにしても後味の悪い結果となったなあ。事務官の女性とはあまり話したことが無かったが、それでも顔見知りが犠牲になったのは辛いよ」
「珍しくハルトウにいい寄ってこない女性だったもんね。それにしても魔人たちって残虐だわ。いくら軍属だからと言っても見せしめのような殺し方するなんてさあ」
チカが受けた悪い印象は他の誰もが感じることだった。ただし見せしめの詳細はわからず部隊内で広まった噂を元にしている。噂ではタッパラーがシノロへ贈ったネックレスが血まみれで返却され、さらに一緒に置かれていたワインボトルには、彼女の血液がビン一杯に詰められていたと言うのだ。
「だがよ? そこまでやったなら死体も返してくれりゃいいのにな。ネックレスだけじゃきちんと弔うことも出来ねえ。身内がいるのかは知らんが悔いが残るだろうな」
「ガサツなテルンにしてはまともな意見ね。まあそんなことよりこれからウチらがどうなるかが気になるわよ。まさか作戦失敗の責を負わされるなんてことないでしょうね?」
「わたくしたちはやれるだけのことをしたのですから、まさかとがめられはしないでしょう。ですがもう一つの噂が気になります」
「もう一つの? なにか他にもあったのかい? 僕の耳には入って来てないけど?」
「ハルトウが戦略会議でいない間、わたくしたちは外へ食事に出たのですが、そこではこのウオーヌ=マサンを放棄するのではないかと。これでは実質どころか完全敗北だと落胆の声が聞こえて参りました」
「実際に敗北じゃからな。ワシらの責任は問われないと思うが、それでもまんまと陽動に釣り出され、その隙に街を襲われたのだから反省はすべきじゃろう。かといってあのままであれば前線は壊滅し砦を取られて市街戦か敗走戦かの泥沼となったであろうなあ」
「じゃあ一体何が正解だったと言うのさ。いくら頼りにされても僕らは六人しかいないんだ。前線と街の両方を同時になんとかするなんて無理だったよ。そもそも――」
「ハルトウよ、待つんじゃ ――――ふむ、表に人はいないな。滅多なことは言わない方がええぞ? どこで聞き耳立てられているかわからぬからのう。しかしオマエさんの言いたいこともわかるぞ? だが王の決定で全てが決まるのが王国という枠組みなのだからどこかで割り切らんといかん」
「すまないサゲラ…… つい興奮して口が滑るところだった。だけど実際問題これからどうすればいいんだろうなあ。今回のように出ていけばいいってもんじゃないとわかったところでどちらかを見捨てることになるのだろう?」
「あのう、これはとても消極的な考えなのですが、やはり政務官や現場の上官の指示があるまでは動かないことで身を守るしかないのではありませんか? とは言え取捨選択となることに変わりませんが……」
ハルトウたちを含む王都からの部隊が街から引き上げることが決まり、今は飛空艇の準備ができるまで全員が宿舎待機となっている。そのためすることが何もない勇者小隊は反省会をしているところだった。
勇者小隊のメンバーではないヴーケは当然のようにのけ者にされ、自室で暇を持て余しているところである。それでも暇つぶしをするためには努力を惜しまない。
『てゆうかみんな頭悪すぎくなぃ? アタシってば秒で解決するほおほぉ思いつぃちゃってンだケド? あーあー教えてあげたぃなぁ』
そんな反省会を盗み聞きしていたヴーケは、ベッドで伸びをしながら一人文句を言っている。その盗み聞きに加担させられている妖精のガークランドゥはそんな主のかもしだす空気をきちんと読んで望みどおりに聞き返した。
『そんな方法があるならワアは聞いてみたいですぞ? 実現可能かどうかは別でしょうが、素案はいくらあっても困りませんからな』
『てゆうかマヂでビツクリだょ? ンとねンとね戦争やンなぃコトにすンの。したら秒で解決ジャン? ドヤッ』
『当然そう来ますよねえ。おそらく先ほど勇者が言いかけたのもそれかと。しかしそれは王国の方針を批判することですからとあの爺は止めたのでしょうな』
『てゆうかバレバレってアタシバカみたいジャン。つまンなーぃ』
ヴーケはふてくされてベッドへ大の字に寝転んでしまった。姿を消して居間へ侵入していたランドだだが、唐突に主の命令が途絶えたためやれやれと腰を据えた。
ハルトウたちの反省会はしばらく続いたが、結局明確な答えは出ていない。最終的に決まったことと言えば、サキョウの提案した上長の指示に沿って動くことを徹底し身を守るということくらいだ。
だがこれは自分たちで考えることを放棄すると言うことで、あまりほめられたことではなく人としての魅力にもかける考え方だ。そのことがヴーケには余計つまらなく感じてしまったのである。
『てゆうか昨日の夜ははあンなに楽しかったのになぁ。ぶっちゃけ人間ってつまんないカモ? てゆうか組織? 魔王国軍も同じなのかもしンなぃケド? 人の顔色うかがいながら命かけるってなンかおかしくなぃ? つまンなすぎて帰っちゃおっかなって思い始めてるカモー』
『うーん、気持ちは分からなくもありませんがね。ですが全員納得しているわけではなさそうですぞ? 意見としてはまとまった風に見えますが、それぞれ思うところはあるといった顔つきですな』
『マジで!? したらなんかデッカイことしちゃったり? てゆうか反乱とかすればいぃのに。 きっと大騒ぎになって面白くなっちゃうよネ』
『そんなことになったら王都は一気に寂れてしまうでしょうなあ。もしかすると壊滅してしまうかもしれませんぞ? そうしたら遊ぶところもなくなって帰るしかなくなりそうで残念です』
『てゆうかそれは困るみたいな? じゃあサじゃあサ王様だけヤっちゃうとか? したら戦争もなくなって楽しいことだけ残るジャン! アタシ賢すぎンか?』
『しかし彼らの話から推察すると、戦争の元凶は王ではなくその直下で国を動かしている王国政府なのでは? そもそも王は今も生きてるんでしょうかねえ』
『それナ! てゆうか確かめにゆこぅ! どせ王都へ戻ったらまた暇だしサ』
『あんまり下手なことをして経済がおかしくなると兄上殿に叱られますぞ? 一度相談したほうが良いのではありませんか? 儲かるとなれば協力してくれそうですし』
『てゆうか相談して反対されたらテンションダダ下がりみたいな? そんなことするなら帰って来いってゆわれそだし。とりまあの商人のヒトがなにか知らンか聞いてみょカナ。あーあーつまンなぃよー』
一応予定を立ててみたもののそれほど面白そうでもなく、大人し目なやりかたしかできなそうだとヴーケはふてくされている。何かにつけてヴーケの暴走をいさめるランドも腹立たしいが、その行動は自分の魔力が源泉なのだから叱りようもない。
とにかく飛空艇の準備ができるまではじっと待つだけだ。ハルトウたちの話にも参加できず気分が下降する一方なヴーケは、寝転んでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。
それからどのくらい時間がたったのだろうか。ヴーケは急な物音で起こされることになる。
『ドンドンドン! ドンドンドン!』
「ヴーケ! 大丈夫かい!? いったい何が起きてるんだ! すまないか緊急だから入るよ!?」
大慌てで部屋へ入ってきたのはハルトウだった。