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35.姫様の仕掛け

 比較的運の悪い男であるサーノウは、嫌な予感が当たることに関しては自信を持っている。


 だが例えそんな勘を持ってなくとも、ヴーケがこういう様子を見せているときはたいていロクでもないことを画策しているに違いないと、この短い同行期間で学習済みだった。


 ところが目が合ったヴーケは急に真剣な顔つきになり、サーノウの背後にいる彼の部下へと目配せをしたではないか。少なくとも彼にはそう見え、嫌な予感は確信へと変わっていく。


『ぱぱぱぱー、ぱんぱかぱー、ぱぱぱっぱぱぱっ、ぱっぱらっぱー』


 そんなサーノウが最大級の警戒をしようかと考える間もなく、彼の背後から大きな音が鳴り響いてきた。突然の出来事に思わず振り向くが慌てている兵は一人もいない。


「これは進軍ラッパの音色!? 私はそんなこと命じてない! 一体誰がこんな痴れ事(しれごと)をやらかしたんだ!? 姫様がお話されているところで無礼ではないか!」


 だが上長であるサーノウの問いには誰も答えない。それどころかさらに奇行は続き、兵士たちはいっせいに陣を埋めるほどに広がった。


 それぞれが等間隔できちんと並び終えたところでラッパが鳴りやむ。そして次に兵士たちは広がったまま踊りだしたのだ。


 これには呆気にとられるしかないサーノウだし、シノロもなにが起きているのかとキョロキョロしながらうろたえている。


 だがこれがヴーケの仕込であることは明白だった。なぜなら一人だけ大喜びで手を叩いてはしゃいでいるのだからバレバレであろう。


「ひっ、姫様!? 一体これはなんのイタズラでしょうか? 勝利の後ですから大騒ぎ自体は構いませんが、内緒にすることはありませんでしょう?」


「て・ゆ・う・か? ハイっ次っ! おっきな声で元気よくイッコー!」


 まともに取り合おうとしないヴーケが合図を出すと再びラッパが鳴り始めた。その曲にノって兵士たちは踊りを続けたまま歌い始める。


「えっ? えっ!? この曲は!? なぜ!?」


「ハイハイハイハイ! 麗しき乙女~♪ めでたきこの日を迎えた乙女~♪ シノロ~貴女は~♪ この優しき導師の妻として~♪ 生涯をともに生きると~♪ 誓うことができるのか~♪」


「え、ええっ!? わたし、ですか!? あの…… ハイ、誓います。一生愛し生涯お供いたします!」


「なっ!? なん、ですと!?」


「ハイハイハイハイ! 優しき導師~♪ めでたきこの日を迎えた導師~♪ サーノウ貴方は~♪ この哀しき女の夫として~♪ 生涯をともに生きる誓いを~♪ 受けることができるのか~♪」


「そ、そ、ま、まさか、そんなの、冗談ですよね? いきなりそんなこと――」


「てゆうか~♪ できるのか~♪」「できるのか~♪」


 この大仰過ぎる仕掛け(フラッシュモブ)に、兵士たちもノリノリでアドリブのコーラスまで入れて上機嫌の大騒ぎだ。相手が人間の女なのにとか捕虜だったはずだとか誰も言わないのは、この心優しい不細工な上長の幸せを願っている部下ばかりだからに他ならない。


「てゆうか~♪ サノっち~♪ ノリ悪すぎぃ~♪ できるのか~♪ 女にハジかかせるのか~♪」「かかせるのか~♪」


「恥なんてかかせませんよ! アナタもいいんですか? 私ゃ(あたしゃ)どうなっても知りませんからね? まったく…… コホン―――― 我が名はサーノウ~♪ 夜道を歩いてるだけで女に悲鳴をあげられる男~♪ それでも良いなら~♪ この先一生涯を共に歩もう~♪」


「イエーイ! ヤッタネ! シノっち、サノっちおめでとー! てゆうか正式なのは国へ帰ってからやったげるンだょ?」


「うおおおお! 小隊長殿おおお! おめでとうございますううう! 花嫁さんもおめでとうございますうう!」


  薄暗い魔王国軍の陣で大騒ぎが始まり、それは熊獣人軍たちの陣まで聞こえたくらいのはしゃぎようである。おかげで様子を見に来た彼らの部隊も加わっての大宴会が始まった。



「まったく姫様には驚かされますなあ。しかし、ええっと…… シノロよ、本当に構わないのか? どこぞの村へでも行けば嫁のなり手などいくらでもあるだろうに」


「わたしは小隊長さま、いいえ、サーノウさまと一緒にいたいのです。姫様もお勧めくださいましたことですし、こうしてお祝いとプロポーズまで―― 我に返ってみると恥ずかしいですね」


「てゆうか魔王国では女からゆうのが普通だかンネ? ぶっちゃけ理由はしンないケドそゆもンなんだってサ。しかも結構おおっぴらにやンだよネぇ」


「そうですね。私の姉も街へ出かけた際に往来で申し込んだと聞きました。一説によると、我ら魔人にとって夫婦になることは人生最大の山場だと考えているからで、さきほどの喜びの唄も、男女がむやみにくっついたり離れたりしないことを誓えるかどうかを問うところからあのような歌になったと聞いたことがあります」


「てゆうかそれってやっぱり人間と違って繁殖がムズぃカラなン? でもサノっちとシノっちの場合はどーなるンだろネぇ」


「は、はんしょ―― 姫様…… もう少し言葉を選びませんか……」


「キャハハハァ! サノっちってば恥ずかしがってンの? てゆうかシノっちも顔赤くなってンジャン! アハハハー!」


「――んんっ!? ちょっと姫様! これお酒じゃないですか! いつの間に飲んでたんですか!? まあここなら平気でしょうが、人間の街にいるときはお気を付けくださいね?」


「てゆうか心配し過ぎにゃん。ダイジョブダイジョブダイジョーブ! アハハハ楽しぃねぇぃ! そーれ! ゲアチ・ウビナ・ハマダクシャ!」


 明らかに大丈夫ではないヴーケは、酔っぱらって上機嫌になった勢いで呪文を唱え出し、夜空いっぱいに広がるほど大きな魔法の火花をさく裂させた。



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