3.初めての遭遇
ヴーゲンクリャナが騒ぎで人だかりができているところまで行くと、そこには魔獣を入れるような檻があり、それを警備するよう厳重に取り囲む騎士たちの姿があった。その数およそ二十名ほどで、一個小隊丸々が街の中で陣を張っていたのだ。
その様子を見た姫はどうやらこれはただ事ではないとすぐに察知した。騎士団が街の中で陣を組むことなど通常はあり得ない。それどころか街へ入ってくることすら珍しいのである。
もっと詳しいことが知りたいと思っても所詮はまだ子供。騎士団に知り合いなどいないし、魔王の娘だからと言って皆に顔を知られているわけでもない。剣術指南役は騎士団の副隊長ではあるが、普段は城務めなので街へ出てきているはずもなかった。
それでも周囲の人の話しぶりだと、どうやら街の警備隊が捕らえた賊を騎士団へ引き渡すためやってきたのが騒動になっているのだと言う。しかもその捕らえられた賊と言うのは人間だと言うのだから驚きだ。
街から国境までは馬車で二日ほどかかる道のりである。その間は街道整備などされていないし、凶暴な魔獣が出ることも多い。どうやってここまでやって来たのか、また何のためにやってきたのか、民衆に興味を持たれて当然だろう。
もちろんヴーゲンクリャナも例に漏れず興味津々である。しかもここで都合よく知り合いが見つかるのだから、さすがヴーゲンクリャナは強運の持ち主と言えよう。
『主さま、残念ながら檻には布がかかっていて中は覗けませぬ。ですが騎士団に混じって街の警備隊もおったですが、その中に以前剣術を教えてくれていた爺やがおりますですぞ?』
『マジで!? それってデュンちゃんのことだよネ? アタシってばホントついてるカモ。ちょっと声かけて話できるか聞いてみてょ。てゆうかこのまま帰ったら気になり過ぎちゃって晩ご飯食べられないカモだしサ』
『かしこまり。しばしお待ちくださいませー』
遣い魔であるガークランドゥが人ごみに紛れて見物、いや偵察へ行き朗報を知らせてきたのだからヴーゲンクリャナはご機嫌である。元騎士団長のデュンドンであれば詳しいことを知っているはずだし、何があったのか簡単に教えてくれるはずだ。
伝言を命じた後、王妃が待つ馬車まで戻り、買っておいた粒々ドリンクを飲みながらひと息入れはじめた。それを見た王妃は気持ち悪そうに顔をしかめている。
「ヴーケちゃん良く平気で飲むわねえ。ママは気持ち悪くて苦手だわ。ぐにゅぐにゅしている食感もだけど見た目も目玉やカエルの卵みたいで薄気味悪いんだもの」
「てゆうかママ? 人が飲んでるときにそゆことゆわないでょ。ぶっちゃけアタシもどこがおいしぃのかわかんなぃンだけどなんか流行ってる? らしぃし並んでるからつい手が伸びちゃうンだょね。でもお酒よりは健康的だと思うょ?」
「あら、お酒は穀物や果物から作るのよ? きっと体にイイに決まってるわ。でもその粒々はお芋でしょ? なんだか太りそうだし飲みすぎには注意しなきゃだめよ?」
「はーい。てゆうか街に来た時しか買えないから平気じゃん? お城ってそゆう楽しいとか流行りとかと無縁だからヤなのょねぇ。ママは良く飽きずに暮らしてると感心しちゃうょ。下のにいになんて部屋から一歩も出ないンだからもっとスゴぃカモー」
「あの子はちょっと運動不足にもほどがあるわね。たまにはヴーケちゃんの剣術修行に付き合わせようかしら。最近ますます太って縦より横の方が長くなってるわ」
「てゆうかアタシに付き合ってたらにいにが死んじゃうってば。ぶっちゃけ毎回訓練場壊してるモン。パパはいくら壊してもいいってゆうけど、なおすのはゴルちゃんなんだからかわいそぅだょねぇ」
「なんだかんだ言ってパパも親バカなのよ。ヴーケちゃんのことがかわいくて仕方ないし、優秀なのがうれしくてつい熱が入っちゃうんでしょうね」
「てゆうかそうやって厳しくしすぎるからアタシってば賢くならないで強くなるバッカなンじゃなぃ? そのせいでデュンちゃんも辞めちゃったしサ」
『コンコン』「姫様? 拙者は別に少女に完敗したのが原因で辞めたのではございませぬよ? 高齢になったこともあって若いものへ任せるつもりで退役したまで。そのあたりは勘違いされませぬよう」
「あっ! デュンちゃんやっと来たょ。さあ入って入って。ママのおっぱいがあるから邪魔カモだけどアタシの横が空いてるからダイジョブ。てゆうか若返ってる!?」
「ご無沙汰しております。これは街には腕のいい理髪店がございますゆえ、髪を染めているのですよ。城では見た目を気遣う暇もありませんでしたからな。王妃様もご無沙汰しております。ご機嫌麗しゅう」
「デュンドンもお元気そうでなによりね。確かに髪を黒く染めた方が若く見えてカッコいいわよ? パパみたいな赤髪もいいけど黒も渋いわねえ。寝てる間に染めさせてしまおうかしら」
「てゆうか赤い髪の毛は魔王の証ってゆってンだから黒くしたら怒るょ? ご機嫌取りでゴルちゃんの寿命がまた縮まっちゃぅー」
「あの…… 拙者はすぐ戻らねばならぬのでご説明を始めてよろしいですか? いや始めますが、実は人間が街へと侵入しようとしたのです。どうやら兵隊や騎士ではないようですが、武装はしていたので即刻取り押さえて家族まるごと檻へ入れて騎士団を呼んだと言うわけです」
「ちょっと待って!? 家族まるごとってどゆこと? 親子連れだったの? 危険な道のりを頑張ってきたンだねぇ。てゆうか頑張ったから無罪でいくない?」
「姫様…… いくら民間人とは言え、捕らえたからには魔王国法にしたがって処罰しますので即刻無罪と言うわけにはいきません。とは言え現段階で罪を犯したとも言えませんが、武装したまま街への侵入を試みたことをどう見るかでしょうな。後は騎士団の判断になりますゆえ拙者の役目はここまででございます」
「てゆうか害がないなら武器だけ取り上げてほっとけばいいじゃん? てゆうかなんで魔王国へやって来たのかが気になるところょねぇ。家出トカ?」
「家族ごとなので家出と言うよりは夜逃げがふさわしいかと。一番近い村から来たとしても人間の王都からは随分離れておりますしなあ。生活苦のために村を捨てたとも考えられましょう」
「なんかかわいそうだから街で働かせてあげてょ。アタシ人間って見たことないから興味あるのょね。ちょっとだけでいいから見せてくンない?」
「はあ、見るくらいはかまいませんが、取調べ前なので会話はダメですよ? しかし見たからと言って何がどうと言うこともないと思いますがねえ」
こうしてヴーゲンクリャナは、元騎士団長で前剣術指南役、現警備隊顧問のデュンドンに連れられて檻までやってきた。遠目からは檻の上のほうしか見えていなかったが、布でぐるりと囲われているため近くまで来ても変わらず中はうかがえない。
目隠しの布をくぐると檻が中に置いてあり、さらにその中を覗くとようやく人間が身を寄せ合っているのが見えた。その姿をみてヴーゲンクリャナは大声を上げて叫びだしそうなくらいに驚いてしまった。
「ちょっとデュンちゃん! あれが人間なの!? てゆうかアタシたちとそっくりジャン? もしして間違えて魔人を捕まえちゃったンじゃない? てゆうか魔人と違って頭に角が生えてて牙があるんじゃなかったの? さすがに尻尾はあるよね?」
「いえ、そんなものございませぬが…… 姫様はもしかして英雄譚に出てくるような怪物を想像しておられましたかな? あれは著者が話を盛っているだけで実際には我々と大きな差異はないのですよ。あるとすれば血が動物のように赤いとか、体内に魔臓がないとかの違いはありますが見た目はほぼ同じでしょう」
「じゃなんで人間だってわかって捕まえたワケ? ぶっちゃけ区別つかなくない? アタシには全然わかンないンだケド?」
「それは簡単な話です。武装して現れたので即刻捕らえて事情を聴いたところ人間だと自己申告したのですからな。もちろんその後に検査をして間違いないことは確認済みでございます。魔力検査をすれば一発でわかりますから」
「ぢゃあ魔力が無ければ人間ってコト? もしかしてママも人間なの?」
「これこれ姫様、バカなことを言ってはなりませぬ。魔力を持たない魔人ももちろんいますが、それは外部へ行使する力が無いだけのこと。魔力を作るための魔臓はあるのですから、体内で産まれた魔力が別の能力や身体的特徴として表れるものなのですよ」
「てゆうかぶっちゃけそれってママのおっぱいのこと言ってる? デュンちゃんのえっち……」
「ち、違います! 王妃様は―― その…… ず、頭脳明晰でいらっしゃいますでしょう? それは兄君様にも受け継がれているではございませぬか!」
「ああ下のにいにのコトか。確かにちぃにいには魔法使えないけど頭はバツグンにいいもンねぇ。アタシもちょっとだけでいいから頭に回って欲しかったナ」
魔人と人間族の違いについて今更教えてもらったヴーゲンクリャナは、改めてまじまじと囚われの親子を眺めてみる。
そこには自分たちと全く変わらない姿の中年夫婦、そしてその子供だと思われる小さな女の子の三人が、怯えた目で自分たちを見つめていた。