29.それぞれの思惑
チカは初めて参加した慰労パーティーのことを思い返しながら、やや興奮気味に話を続けた。
「もちろん田舎から出て来たばかりだし、貧乏だったから豪華なパーティーなんて経験なかったらさ。ウチらも最初は嬉しくて喜んでたんだけどね。回数が半端なく多いわけ。だからこっちが苦情と言うか色々要望を出した結果、今はハルだけが参加するようになっちゃってんの。でもアイツもさすがに自分を取り込もうとしている大人たちの思惑に気付いてて、そりゃもううんざりしてるみたいでさ」
「なるほど、つまり有力者たちがこぞってハルトウを婿入りさせようとしていると言うことですね。でもそんな都合よく話が進むものなのかしら」
「進んでないからいつまでも夜会への参加要請が止まらないじゃない? あまりにすり寄ってくる人が多いからか、アイツったら完全に人間不信になっちゃってさ。ウチらが労わるつもりで言葉をかけたのまで、自分に取り入ろうとしてるように感じちゃってるのね? それからサキョウは話しかける回数が激減したし、ウチはどうもケンカ腰になっちゃったってわけよ」
「でもアタシにはそんなそぶり見せませんよ? もしかして女性と思われてないのではないでしょうか」
「あー、ウチはアンタのそういうところが大っキライ! ホントはわかって言ってるんでしょ? ホントウマイことやってると思うよ。甘えるでもなく突っぱねるでもなく、なんていうか押し引き? 駆け引き? ウチも真似出来たらしてみたいよ、まったくさあ……」
チカに愚痴を言われてもこれは本当に偶然なのだから仕方ない。ヴーケはあの砦での出来事でハルトウに興味を持ち、ついて行こうと決めたのは確かだ。
しかし別に異性として気に入られようとは考えていなかった。もちろん今でも恋愛対象として見ているつもりはない。
それでもチカやサキョウから見ると、ヴーケはなんらかの意図を持ってハルトウへ近寄っているように見えてしまっている。冷静に見ればそんなことはなく、どちらかと言えば寄ってくるハルトウに距離を取って突っぱねているはず。少なくともヴーケはそう考えていた。
それが逆にハルトウには新鮮に映っていた。なんと言っても王都ロクモギで彼を知らないものはいない。つまりどこへ行ってもハルトウを見る目と言うのは憧れの勇者であり、女性からすれば射止めたなら天から金が降って来たようなものだ。
それは夜会に参加している淑女たちだけでなく、街で出会う人や入った店の店員なども同様だった。当然だが表だって寄ってくる者だけでもないわけで、人知れず焦がれている者を含めたらとんでもない数になるのは間違いない。
そんな日々を送り続けたのだから、ハルトウが人間不信に陥いるのも当然だと言える。しだいにパーティーメンバーのサキョウや、幼馴染のチカをも警戒するようになってしまったのだから、その心の傷の深さがうかがえると言うものだ。
ところがどこからともなく現れたヴーケは、ハルトウへ取り入るどころか距離を取って親しくなりすぎないよう気を付けている様子だ。そんな彼女の態度だけでも相当好ましく感じている。
さらには彼だけが聞かされているヴーケの正体への敬意を加えるのだ。他の誰も知らない秘密を共有していると言う仲間意識も相まって、ハルトウはヴーケを身近に感じ過ぎていると言えた。
それまで出会ったことのない、自分と同じように神から力を授けられた存在と言うだけで特別に感じるのは当然である。勇者だからと誰もが過剰にすり寄ってくる中、つかず離れずという距離感のヴーケを特別視、端的に言えば心奪われたのだ。
そのことがチカからはいい調子で駆け引きをしているように見え、ハルトウを弄んでいるように映っている。実は別の意味で弄んでいるのは確かなのだが、そんなことはもちろんチカだけでなくハルトウも知らない。
「だいたいアンタっていったい何者なのよ。あんな辺鄙なとこにある魔人の砦に捕らわれてたって言うけど、国境近くで普通の人はいないはずなのに不自然だわ。前線に一番近いチンクル村からだって相当遠いし、あの村の出身でもないらしいじゃない」
「それは…… アタシにもわからないんです。気が付いたら近くのなにもないところにいただけだし。どこか休めるところを探そうと歩いて行ったら捕まってしまったんです。それをハルトウや皆さんに助けてもらってとても感謝してます」
「本当に記憶がないなら仕方ないけど、じゃあ自分の名前がわかって言葉も話せるのはなんでなのよ。まったくなにもかも覚えてないわけじゃないんでしょう? 一体なにを隠してるわけ?」
「そんな―― 隠し事なんてなにもありません。名前とかは――」
「おいチカ! なんでヴーケをイジメてるんだよ。病み上がりなんだから労わらないとダメじゃないか。ほら、シチューが温まったから少し食べて元気を付けてくれ」
いいタイミングで戻ってきたハルトウに横槍を入れられたチカは、悔しそうに顔をしかめた。これ以上の追及をされずに済んだヴーケは助かったとホッとしている。
その表情で、かえって隠し事があると勘ぐられ続ける原因になったのだが、それはチカの心中のことなのでヴーケにはわからない。だがハルトウは全てを隠し通すのは難しいと考え始めていた。
あまり過剰にヴーケをかばっているとパーティーの雰囲気が悪くなっていきそうだし、彼女の秘密は別に隠さないといけないようなまずいものでもない。ただし人間と魔人の合いの子であると言うのは別だ。
考え込むハルトウ、責められて釈然としないチカ、そんな空気が漂う居間で黙々とシチューにパンを浸して食べるヴーケ。そんな風に屋内が静かになると余計に聞こえてくるのが表の喧騒だ。そういえば他の面子はどこへ行ったのだろうかとヴーケは辺りを見回した。
そんな時――――
「来たー! 本当に帰って来たぞ! 開放するって言うのは本当だったんだ!」
「まさか無傷で戻ってくるとは驚いた!」
「交換条件はどうしたんだ? 一体どうなってるんだろうな」
突然外が騒がしくなり、チカとハルトウも慌てた様子で療養所を飛び出していった。自分も行くべきかと悩んだヴーケだったが、パンがあとふた切れ残っているので急いでほおばりミルクを飲み干す。
だがそこで魔導通信が入ってきた。
『姫様? 今よろしいでしょうか。ご言いつけの通り人質を解放しましたのでご報告差し上げます。もちろん帰る間際に最後の食事を与えておきましたよ。それでこの最後の一人はいかがいたしましょうか。まだ魅了が解けていないので大人しくしてはおりますが、なんせこちらは軍隊ですから、婦女子が一人で捕虜となっているのはいささか哀れではございませぬか?』
『てゆうかそこまで考えてなかったょ。とりまちゃンとした部屋をあてがって大切にしといてもらえるカナ? てゆうかアタシも今は抜けらンないカラ夜になったら様子見に行くネ』
『かしこまりました。どのタイミングで帰すのか悩みどころですねえ。いっそこのまま寝返ってもらえると面倒がないんですが、さすがに本人も望まないでしょうな』
『てゆうかサノっちってば無茶ゆぃ過ぎンくない? ぶっちゃけ本人が希望したっても家族もいるンだから連れ帰っちゃダメしょ。てか王国軍の司令部に女の子がいたことにビックリだけどネ』
『左様ですなあ。マイナト王国は徹底した能力主義と聞きますから、女性でも優秀なら軍幹部登用があると言うことでしょう。そこは魔王国軍とは違いますね。なんせ我らにとって子を産む女性は貴重過ぎる存在ですから』
『てゆうかなんで元は同じ人族なのに魔人だけ百年に一度しか子供産めないんだろうネ。てゆうかそンなンすぐ絶滅の危機ジャン。寿命の関係なのカナ?』
『ええっ!? 本当に魔人と人間はもともと同じ種族だったのですか? それは初耳でございます。さすが姫様は博識であらせられますな』
『てゆうかそれってアタシの創作だったっけアハッ。神様が乗り移ったアタシってば変なことゆぃすぎぃ。覚えてなぃからって無責任過ぎン?』
『ああ、そういうことでしたか…… 無責任と言われても姫様自身がされたことですし、私に聞かれても困りますがねえ』
『てゆうかサノッチさぁ。今度会ったらちゃんと覚えとくょぅにゆっとぃてネ。なんでそンなンなっちゃったンだろなぁ。ぶっちゃけ人格形成を自分にかけるのって慣れてなぃンだょねぇ』
まったくの他人事として文句を言っているが、自己暗示の魔法で記憶が失われるなどと聞いたことが無かったので無理はない。彼女へいちから魔法を教えてたゴンゴルゾーからもそんな注意を聞かされていなかった。
多少の疑問は感じるものの今はそれどころではない。サーノウの報告通り人質は解放され、たった今ウオーヌ=マサンまで帰ってきたのだ。もちろん表の騒ぎようはそのためである。
事情を把握したヴーケは、残ったパンのかけらで皿のシチューを拭って最後の一口を食べ終える。そして、急いで食べて損したと一人悔しがるのだった。