28.何角関係?
夕方になりさすがに腹が減ってきたヴーケは、これまでの態度からして自ら何か食べたいと言いだすのは気が引けて我慢しているところだった。あと少しすれば夕飯の時間になるはずなのでもう少しの辛抱なのである。
しかし、なにやら表が騒がしくなってきたことに気が付いた。まさかそのせいで夕飯の支度が遅れるなんてことがあってはたまらない。これは好奇心ついでに様子を見に行くのがいいだろうと部屋から出てみると、明らかに待ち構えていたと言った様子のハルトウと出くわした。
「おやヴーケ、もう体調は良くなったのかい? 今ちょっと表が騒がしくて落ち着かないかもしれないが、食事を用意しておいてもらったから食べるかな? 僕が温めてきてあげるよ」
「そんな、勇者さまにメイドの真似事などしていただいては申し訳ありません。自分でできますからお気遣いなさらぬよう」
「キミは周囲に気を使いすぎる。それはとても好ましいことだとは思うよ? でも体調が良くない時は周りを頼ってもいいんだ。僕に出来るのはそれくらいだしね。それと―――― 僕に敬意を持ってくれているのはわかるけど、できれば名前で呼んでもらえると嬉しい、かな」
「アタシごときが勇者さまをお名前で呼ぶなんて無礼なことを!? でもなんでそれを嬉しく思うのですか?」
『いやー主さまったら名演技ですな。これでは百戦錬磨の勇者もイチコロですぞ?』
『てゆうかハルトウってばおかしくなぃ? コッチは気を使ってンのにサ。ぶっちゃけ人格生成魔法使ってるから途中で変えるのめんどぃし?』
『ええっ!? そこですか?』
『てゆうかランドってば驚き過ぎくなぃ? アタシおかしぃことゆった?』
『いいえ、全然。どうぞお続けくださいませー』
「ヴーケ? どうかしたのかい?」
「いえ、その―― かけ直しを」
「だから僕がやるから部屋で待っていてくれ。ははーん、わかったぞ。焦がさないか心配してるんだろ? こう見えても村にいた時は身の回りのことを全部自分でやっていたんだから得意なんだよ」
「いや、その…… わかりました。ではお言葉に甘えてお願いしてしまいますね―― ハルトウ」
「――! ヴーケ、今! ――いや、なんでもない。用意は任せてくれよ。すぐに持って行くからさ」
居間のテーブルでひとり歯ぎしりをしているチカを不思議そうな目で見てから、ハルトウは調理場へと去って行く。部屋へ戻ろうとしたヴーケは、他の面子はどうしたのかとキョロキョロと見回したところでそのチカと目があった。
「いい気なもんね。ハルトウに気に入られてるからってさ。あざといにもほどがあるんじゃないの? まだ尻振って甘えてるやつらのほうがマシってもんだわ」
「あざとい? アタシがですか? アタシはただ、皆さんに出来るだけお手間を取らせたくないだけなんです。今回も一人だけ安全なところにいたくせに捕まって面倒かけてしまいましたし……」
「それよ! その態度! なんなわけいったい、どうしたらそんな態度出来るのかしらねえ。 ずうずうしいかと思えばしおらしくて遠慮がちだし、自己中なのかと思ったら気遣いばかりだし…… まったくもってアナタってつかみどころがないわ」
「なにか不快な態度を取ってしまっているならごめんなさい。指摘してくれたら治せると思うんですけど、例えばどこがいけませんか?」
「もうね…… そういう態度も気にいらないのよ! ウチはそんな風にへりくだれないし、カワイらしくもできないってのに! だから―― ううん、なんでもない……」
「だからゆう―― ハルトウが振り向いてくれないってことですね? もっと自分に正直になったらいいと思うんですけど……」
「なっ! なっに言っちゃってんのかな!? ウチは別にハル、トウに振り向いて欲しいなんておもっ、思ってないし! それじゃまるでウチがアイツのこと好きみたいじゃないのさ!」
「違うんですか? 態度や視線から明らかだと思っていたんですけど。もし違うなら他の女性といい関係になっても構わないんですか? それなら――」
「アンタが奪うっての? そ、そんなの、すっ好きにしたらいいじゃない! ウチは別に咎めたりしな…… い…… し……」
「いいえ、アタシじゃなくてサキョウです。彼女はなるべく表に出さないようにしてますけど結構わかりやすいんですよね。うふふ、皆さんいい関係で微笑ましいです」
「なによ、まるで他人事ね。そう言うアンタはどうなのさ。少なくともハルトウがアンタに入れ込んでることくらいはわかってるでしょ? まさかそれで余裕見せてウチらを見下してるんじゃないでしょうね?」
「見下すって…… 色恋の問題でそこまで考えるなんて、チカはよっぽどハルトウのことが好きなんですね。もっと素直になれば今の関係性も変わってくるかもしれないのもったいない。幼馴染なんだからいくらでも親密になれるでしょう?」
「そ、そりゃね? でも好きとか恋とかは別にして、ハルはウチのことを嫌ってるから仕方ないわ。理由? アイツが勇者となって村を出るときにはさ、ウチの治癒術と棍術が役に立つだろうって村長が連れて行けって言ったのよ」
「実際凄く力になってるじゃないですか。ハルトウだってチカのこと頼りにしてるように見えますしね。だからこそ今の関係性が不思議なんです」
「まあね、だからずっと一緒にいるんだけどさ。アイツを取り巻く環境が変わって行ったのも全部見てるわけ。王都へ来て最初の頃は訓練したり戦争へ出かけて行ったりして忙しかったからまだよかったんだけど、しばらくすると争いが落ち着いて時間に余裕が出てきたのよ」
チカは少しずつ苦しそうな表情に変わっていく。それは今思い出しても嫌な想い出だからである。そして自らの想いと態度にずれが出てきたのもこのころだった。
「それでさ、これまでの戦いの苦労をねぎらってくれるって王国軍執行部の政務官パーティーを開いてくれたわけ。あ、政務官ってのはウチらに直接指示を出してくる軍の偉い人ね」
「慰労パーティーを開いて下さるなんていい方なのですね。日々の緊迫した心労を癒すことができたことでしょう」
実のところ、ヴーケは事の真相を知っている。ヴーケの兄、つまり魔人と裏取引をしている例の商人タックボルを通じて裏事情を聞いていたからだ。
軍の上層部であぐらをかいている一部の者は、有力者の希望によって勇者を夜会へ参加させている。それにはもちろん表にも裏にも金を積む必要が有り簡単なことではないが、もし勇者を身内に加えることができたならゆうゆう元が取れる。
勇者を呼んでほしいと請うのは、そんな腹黒い思惑を持った上流階級の家々や成金たち、はたまた友好国の大金持ちまで様々だった。勇者であるハルトウ自身は当然そんなことは知らない。
なにも知らないのはチカも同じことで、その不自然な出来事をヴーケへ熱く語り続けるのだった。