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26.勇者の役目(閑話)

 高い天井にきらびやかな調度品、華やかなドレスに上等な食事とくれば、誰もが憧れる舞踏会の会場と相場は決まっている。しかも王国の要職によって催されたものであれば、当然誰もが参加できるわけではない。


 そんな場所に連れて来られ戸惑っている一行がいた。


「ねえハルトウ、ウチはこんな見たことないのだらけの中、緊張してどうしょもないよ。なんで招待なんて受けちゃったのよ。そりゃこんなステキなドレスを着せてもらえたのは嬉しいけどさ……」


「まあせっかくだから楽しめばいいじゃあねえか。オレなんてサイズが合うのがこれしかないって言われて、まるで護衛みたいな恰好させられてるんだからな」


 緊張してキョロキョロしているチカへ、真っ黒で飾り気のないスーツに身を包んだテルンがぼやいた。さすがに場馴れしているのかサキョウはいつもとそう変りない顔で済ましている。


 問題は残りの二人だった。年齢以上に老けているザゲラと、田舎から出て来て間もないアスマルはそれはもう場違いにもほどがある。まるで衣装が歩いているように似合っていない。


 ではそのハルトウはと言うと――


「いくらなんでもこれは派手すぎると思うんだけど…… はたから見たらまるで見世物じゃないか? なんだよ、このひらひらした袖とかさあ」


「あはは、似合ってる似合ってる。さすが勇者さまって感じよ?」


「なんだよチカは、他人事だと思って適当なこと言ってさあ。勇者と服装なんて全然関係ないだろうに」


 本人は恥ずかしがるほどおかしな恰好だと感じているようだが、実はそう感じないものも多いようで、ハルトウはいつの間にか数名に囲まれてしまった。集まってきたのは豪華なドレスに身を包んだ淑女たちである。


「まあ勇者さま、ステキなお召し物ですこと。ぜひわたくしと踊ってくださいませ」

「あらずるいですわ、その次はきっとわたくしとお願いしますわね」

「ではではその次はわたくしのお相手をしてくださいませ、きっとですよ?」


 こうして次々にやってきたのは、政府高官や上流階級の親を持つ娘たちである。一部は自分の意志で押しかけてきているのだが、そのほとんどは親の意向、一族の総意として野望を胸に秘めている。


 もちろんこんなことはおかしくもなんともなく、階級社会においてより良い相手を見つけるのはは当然のことだ。勇者がまだ若く懐柔しやすいと見えれば当然どんな手を使ってでも落とそうとするのは自然なことと言えた。


 だが片田舎の出身のハルトウにとってこのような催しも、上流社会の常識も触れたことのない世界であり、ここまであからさまに色で迫られるとかえって警戒し遠ざけてしまう。


 それでも可能性がわずかでもあるとなれば、入れ代わり立ち代わり次々と彼女らはやってきてその身を押し付けてくるのだ。迷惑に感じているハルトウだが、王国軍執行部の正式な要請を受けてここにいるのだから|無碍≪むげ≫にも出来ず、苦しい時間を過ごしていた。



 夜遅くなってから夜会は終わりを告げ、ハルトウたちは帰路についた。行きは着替えの都合もあって迎えが来たのだが、帰りは腹ごなしがてら歩いて帰りつき、いつもの簡素な宿舎でようやくひと息だ。


「やっと終わったか…… ダンスなんてやったことないのにさ。もう散々で二度とゴメンだよ」


「なかなか様になってたじゃないの。それに口ではそう言ってるけど随分と楽しそうだったわよ? 本当はモテモテでいい気分だったんじゃない?」


「なんでチカがそんなむくれるんだよ。愚痴をこぼしたいのは僕だろうに。自分だって文句ばかり言ってた割りには料理をめいっぱい盛り付けて食べてたじゃないか」


「そりゃせっかく来たんだからいっぱい食べとかないと損じゃないの。まあ別に参加費を取られてるわけじゃないけどさ。次はいつこんな豪華な食事がとれるかわからないでしょ」


 だが二人が舞踏会へ初めて参加した翌々日には、また別の屋敷へ出向く羽目になっていた。二度目、三度目くらいまではみな喜んでいたのだが、それだけでは済まなくなっていった。


 回数は次第に増えて行き、ほぼ一日おきにどこぞの高官、なにがしの金持ちの家、ときには国営の迎賓館で異国の来賓が主催する会へと、それはもう数えきれないほど出向く日々が続いたのだから驚きである。


 もちろん毎度毎度軍上層部の要請なのだから断ることも出来ない。それに戦争で駆り出されることが無い時にはタダメシ喰らいなのだから、上官に逆らうことなどあり得ないのだ。



 もちろん戦いの無い日々が望ましいのは言うまでもない。しかしこうも連日夜会へ駆り出されては訓練もままならず不安が募っていた。そのことを政務官へ相談した結果、ある意味妥協案と言える者が提示された。


「なるほど、勇者殿のいうことには一理ありますね。それではこうしましょう。今後の参加は勇者殿のみで結構。他の方々は訓練をしないとならぬでしょう。しかし勇者さまはきちんと参加してもらいます。これも勇者に課せられた任務なのですからな」


「そ、そんな…… 一体何のために毎晩遊んでいないとならないんです? 確かに平和だからと言って暇を持て余すのは良くない。それなら軍の訓練に参加するとかすれば役には立てるでしょう?」


「そんなことをしても金貨一枚稼げませんよ。いいですか? 飛空艇を一度飛ばすのにどれほど金がかかると思いますか? 兵たちの賃金は? 食費は? むろん勇者殿ご一行も一般市民では到底できないぜいたくな暮らしをしていますよね? とても税収のみではまかなえませんから、ああいった接待によって寄付を募っているのです」


「ぐっ、そう、ですか…… ならばある程度は仕方がないと言うことですね…… それにしても回数が多すぎます。せめて週に一度程度でお願いします」


「それでは少なすぎますよ。国内外から申し込みがあるのですからある程度の数はこなしていただかないと。国王様も望んでいる事ですし、王国のためにもその立場を生かしてもらいたく。ですがさすがにここ最近は多すぎましたからな。今後は週三度までと致しましょうか」


「はあ、ではそのくらいでお願いします…… 疲れた……」


 こうして勇者ハルトウは客を取る娼婦よりも忙しく夜の街へと消えて行くのだった。それが政務官の私腹を肥やすためではなく、王国の繁栄に繋がるのだと信じて。

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