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25.錯綜する思惑

 勇者ハルトウがヴーケを連れてウオーヌ=マサンへと戻ると、そこはある意味惨状だった。確かに壊滅状態と言いたくなるのもわかるし、間違いなく兵士たちは無力化されている。


 しかしハルトウの想定とは大きく異なり、魔人サーノウが言っていた通り誰一人命を落とすことも負傷を負っていることもない。


「あの魔人の言っていたことは事実だったのか…… それにしてもひどい有様で同情してしまうよ」


「わたくしだったらいっそ殺してくれと懇願してしまうかもしれません…… どうしたら彼らを助けられるのでしょうか」


 サキョウは自分が同じ目にあわされた場合のことを想像し顔を赤らめている。なんと言っても各兵士の足元から生え出てきている触手状のつる性植物は、体中をまさぐるように這い回り拘束しているのだ。


 しかも脱出しようと少しでももがくと、余計に触手が絡まりつくと言うおまけつきである。兵士の中心は男だが少数の女兵もおり、彼女たちの中には涙を流すだけにとどまらず失禁しているものまでおり、戦闘不能にするための恥辱効果は絶大と言える。


 念のため触手を斬ってみても次から次へと生えて来てまったくの無意味。それどころかかえって触手たちはより激しく動き始めるので、そっとしておく方がマシと言う状態だ。


「オレたちにはどうすることも出来なそうだな。とりあえず目の毒だから女兵たちだけでも囲ってやった方が良さそうだ。宿から敷布を集めるとしようぜ」


「さすがテルン、良いことを思いつくもんじゃな。どれ、ワシも手伝おう。アスマルも一緒に来るのじゃ。チカとサキョウはは囲うための支柱を立てておいてくれ」


「あの…… 僕はどうすれば?」


「オマエさんはひとまず娘っ子を部屋へ運んで寝かせてやれ。一人だけでも取り返せたのは不幸中の幸いじゃな。しかしなあ、王国が人質にとられた士官たちをどうするかはなんとも言えん」


「まさか見捨てることは無いだろ? ないよな?」


「だから何とも言えんと言ったじゃろう? 現国王を含めた政府は国土拡大政策を人質くらいで止めはしないだろうて。さすがに見殺しではなく強引に救出しようとするだろうが、その結果彼らがどうなるかはわからぬ。そして――」


「その任は僕らへ、と言うことだな。なあザゲラ、実際のところその国土拡大政策はどうなんだ? 必要なのかとか道理があるのかとか今まで考えてなかったことが気になってさ」


「ほお、オマエさんが自分で物事を考えようとするとはな。それも成長なのだろうが、滅多なことを口にするもんではないぞい? いくら勇者と言えど王国内で政府にたてつくのは自殺行為じゃぞ?」


「そういえば国王ってどんな人なの? 一度も見たことないし民衆の前に姿を現したこともないらしいじゃない。ウチらを呼び出して指示だすのは王国軍執行部だけど、いっつも国王の意向でとか言うよね」


 チカの疑問はもっともだった。近年国王が姿を見せたことは無い。二十年以上前に暗殺未遂事件が有り、それから城から出ることも姿を見せることも無くなったのだ。


 その代わりに国政をつかさどり表出ているのが王国政府であり、内政監督局と王国軍執行部、それに王族を直接支える王国内務局の三組織で構成されている。


 勇者たちを含み、国内外で武力を行使するための部隊や組織は王国軍執行部の管轄なのだが、その方針は国王が決めていると聞かされていた。


 ではサキョウたち神殿はと言うと、王国内務局の管轄である。すなわち勇者小隊の中では国王や王族に最も近いと言えよう。それでも国王を見たことは無い。


「国王様を初めとする王族の皆さまは、基本的に王城から出ることは無いと聞いています。他国の式典へ出向くのも内務局長ですし、局内では権力争いが話題の中心らしいですね。恥ずかしながら父である神殿長も同様で、次期内務局長の座を狙っているのです」


 そこまで言っておきながら、勇者をかどわかせと命じられていることを口外することなく話を続けるサキョウである。


「神殿内では父が絶対の権力者であることは言うまでもありません。これは太陽神の奇跡を持つ者が我が一族に限られるからです。それが逆に父を内務局長へ登用することを阻んでいるのですから皮肉な物ですね」


「それはどういうことなんだい? 本当に優秀な人材なのだから局長どころか摂政や大臣になってもいいんじゃないか?」


「しかしそうすると神殿長がいなくなってしまいますから…… 次の神殿長は弟が着く予定ですが、あの子はまだ六歳ですしね。最低でも二十年くらいはかかるかもしれません。その前におそらく内務局長は代替わりするでしょう。そのころには高齢となってしまうため父は焦っているのですが、なかなかうまく事が進まないとか……」


 事が進まないのはサキョウがハルトウの心を射止めることができていないどころか、その切っ掛けすら掴めていないからである。神殿長は色仕掛けでも夜這いでも構わないから既成事実を作ってしまえとけしかけるのだが、奥手なサキョウにそんな大それた真似は出来ない。


 確かに勇者を婿に迎えることができれば、男性上位社会の王国と言えどサキョウの神殿長就任を認めるに違いない。そうすれば神殿長は現職務から解放され、内務局長やさらに上位を目指すことができると考えている。


 しかしサキョウは、ハルトウの幼馴染であるチカの気持ちに気付いているため余計に気が引けている。しかも弱いながらも治癒の力を有している特別な人間なのだからサキョウに優位はないと言ってもいい。


 さらにここへきてヴーケが加わってしまったのだから、ハルトウを取り巻く異性環境はよりややこしくなりはじめている。どうやら彼はヴーケのことがかなり気にいっているらしく、ことあるごとに一緒に行動しようとするし、なにかと気にかけているのが見て取れる。


 確かにサキョウ自身ヴーケには好感を持っている。だがもう数年共に戦ってきたハルトウへの気持ちを、ぽっと出の少女によって台無しにされたくはない。ただしそれを言うならチカは産まれてこの方ずっとハルトウと一緒にいるのだ。


 まったく人の恋路を邪魔しているのはどっちなのかと自問自答しながら、複雑にもつれた気持ちを押し隠しているサキョウであった。



 それはチカも同じことで、素直に好きだと言えないうちにパーティーへサキョウが加わり、あっという間にハルトウへ恋心を抱いたことに気が付いた。まだ親しくないうちは憎いと思ったこともある。


 それでも仲間内の和を壊さないように気遣っている彼女を見ているうちに、自分の心の狭さに気づき後悔し考えを改めていた。今ではお互いハルトウを支える立場として良い関係が築けている二人だ。



 だが問題は次々にやってくるものだ。それはヴーケがやってくる前よりハルトウたちを悩ませている問題だった。


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