24.星の神々
憎っき魔人に手を出すことができず、歯ぎしりをしながらその後ろ姿を見せつけられていたハルトウ。しかしここで再び奇跡を見ることになった。
天から真っ白な光の柱が降り注ぎサーノウを直撃したのだ。直撃を受けた男はその場に倒れヴーケは解放されたかに見えた。
「ヴーケ! はやくこっちへ来るんだ! 今のうちに逃げろ!」
ハルトウは叫びながら彼女の元へと走って行く。しかしそれよりも前に更なる異変が起こった。ヴーケの口、いやどこかわからない場所から声が聞こえてきたのだ。
『人間の勇者よ。終わりのない欲のために自らの力を振るうのはおやめなさい。一刻も早く自らの過ちに気付き、自身の考えのもとに正義を振るうのだ』
「ヴーケ? いったいなにを―― まさか!?」
『この娘の名を呼んでも今は届ん。すまないが少しの間だけこの娘を借りるぞ』
目の前にいるのはどう見てもヴーケなのだが、その口調や雰囲気からすると何者かに身体を乗っ取られているようだとハルトウは感じていた。そしてそれはきっと最初に出会った時に聞かされた『星の神々』だろうと当たりを付けている。
これはある意味正解だが、まるっきりのハズレとも言えた。なぜなら今起きていることは全てヴーケの仕業であり、降り注いだ光に打たれたこともこの言葉も全てヴーケとサーノウの演技なのだ。
しかし単純で信じやすいハルトウには十分な効果があった。
『勇者よ、しかと考えるのです。獣人たちにとって銀はほぼ無価値。唯一の使い道は人間と取引し物資を手に入れることだけなのですよ? そもそもこの世に生きているすべての生き物の中で過剰な欲を持っているのは人間族だけだと言うことを知っていますか?』
「そんなはずはない。獣人だっていい生活を望んでいるし魔人なんて国を広げるために王国へ戦争を仕掛けてくるじゃないか。いくらあなたが神だとしても、人間の神である太陽神より正しいとは限らない。我々人間は世の中を納め安寧をももたらさなければならないはずだ!」
『それはあくまで人間族社会においてと言うことです。全世界、全種族を納め全土をわがものにしていいわけではありません。その様子では、太陽神があなたのような勇者を地上に産み出す理由についても知らないのでしょう』
「ぐっ、恥ずかしながら知らない。しかし神殿や国王によれば、この力は王国の繁栄のために授かったと聞いている。歴代の勇者がそうだったように、僕もマイナト王国に生まれたんだからそれは間違いないはずだ」
『この世に勇者は一人ではありません。あなた方が知らないだけで他の国にもいるのです。そしてその強大な力は、もしも他の種族がこの世の全てを手に入れようとしたときにのみ振るわれるべきなのです』
「なぜそんなことが必要なんだ? やはり人間がこの世を納めるべきだからではないのか? もちろん私利私欲のためではなく、多くの民が幸せに暮らせるような世にするためと言うことだがな!」
『そこまでわかっているならあと一歩ですね。この世に生きる様々な種族は共存することが大切なのです。時には争うこともあるでしょう。それでも殺戮ではなく互いを認め合い切磋琢磨する関係が好ましい。ですが人間の寿命は短い』
「確かに僕たちの寿命は魔人や森人に比べたら相当に短い。でも数はこちらが多いし大人になるのも早いんだから問題ではないはずだ」
『違うのですよ。長い寿命を持っている種族が悪意を持ってしまったら、この世は争いの絶えない恐ろしい世界となるでしょう。万一そのような事態が起きた時の抑止力こそ勇者なのです。悪意を持った個人が長く生きていることになれば、平和が訪れるはずがない。その対抗手段があなた方なのです』
「それはおかしいな。なんで勇者が人間である必要がある? それこそ同じ種族にお中から悪の道を正すものが現れるべきじゃないか」
『では人間の過ちを正す人間はいますか? 現在のマイナト王国が進める他国や多種族への侵略は謝りであることは明白。ですが異を唱えるものは粛清されてしまう恐怖政治ではありませんか。あなたもそのことに疑問を感じてはいるのでしょう?』
「それは…… やり過ぎだと思うこともある。でも結果的に国は豊かになり民は幸せな生活をしているはずだ。そりゃあ貧富の差があったり犯罪もあるはあるけど……」
『完全な平等で平和な社会の実現は困難です。かと言って他人を蹴落とし多種族を蹂躙しても良い世界が実現できるはずもない。かえって国内外に敵を増やしているだけではありませんか。ですから人間族がこれ以上過ちを重ねないよう、私たちは星の神々の代弁者を産み出したのです』
「それがヴーケだと言うのは妖精様からうかがった。疑わなかったわけじゃないけど妖精様なんて存在を見せられたら信じるしかない。でもその代弁者であるヴーケに何ができるというのか。戦いを止める力? それとも人間を滅ぼす力?」
『我々の与えた力はそのどちらをも可能にするものです。しかし力の行使を望んでいるわけではなありません。出来ることなら平和的に解決してもらいたい。だからこそこの世の二大人種である人間族と魔人族の両方を受け継ぐ存在としたのですから』
「やはりそれは本当な、んですね。ってことは今のまま王国に留まるのは危険かもしれない? でも見た目はまるっきり人間ですよね。そこに倒れている男もそうですけど本当に魔人なんですか?」
『どちらの種族も勘違いをしていますが、元は同じ種族ですから見た目は同じですよ? 最初は魔力を持つか高い繁殖力を持つか程度の違いだったのですが、徐々に差が出てきたのです』
「それは徐々って言えることなんですか? 両者はまったく異なってるように思えるますけどね。それに寿命だけでも十倍くらいは違うらしいじゃないですか」
『その通りです。魔力を持つと寿命が長くなるらしく、そのように進化していきました。現在では魔力の量に関係なく長生きとなっていますけれど。逆に繁殖力は人間族が十倍以上ですよ? 人間は約一年で次々に作ることができますが、魔人は百年ほど開けないと次を作ることができません』
「その…… 作るとか―― 生々しい表現はやめてくれませんか…… まあ違いがあることはわかった。そして見た目が変わらないと言うことも。だがそれと僕が王国を裏切るような真似をするのは別問題です」
『アナタの意志が固く耳を傾けないのであれば仕方ありません。この娘によって排除させるまでです。その後、次の勇者出現を待つことにしましょう。できれば自分たちの始末は自分たちでつけてもらいたかったのですが……』
「一つ聞かせてくれ。魔人やほかの種族が欲のままに世界を脅威にさらしたことはあるのか? あるとしたらその時、人間の勇者が止めたのだろうか?」
『あなたがたも良く知る英雄譚、あれは史実です。もう二千年ほど前になるかと。さらにその前にはやはり人間族が世界を手中に治めようとした時代がありました。その時は魔人族と森人族が協力して抵抗したのですが、加減が効かず人間族はほぼすべて滅びました。それを知るだけに同じことを繰り返してほしくないのです』
「しかし僕に何ができると言うのか。相手は国王なんだ。近づくことも直接話をすることも出来ない。普段は側近の摂政や大臣が全てを取り仕切っているのだからね」
『まずは国王が何者なのかを知るところから始めると良いでしょう。我々はこの娘を通じてしばし様子を見ることにしましょう。勇者であるあなたをこの世から排除するかどうかはそれからでも遅くありません』
「ちぇっ、僕は自分でアレコレ考えるのは苦手なのにな…… だが今こちらは人質を取られているんだ。まずはその解決が先決ってことになるだろうな。王都へ戻ってこのことを報告しなければいけない」
『早まった行動や発言で粛清されないよう気を付けてください。前の勇者は哀れな最後でしたからね』
「今なんと言ったんだ!? 粛清だって!? 確か病死となって―― 危ない!」
急に憑き物が取れたようにヴーケがその場へ倒れ込む。だが目にもとまらぬ速さで駆け付けたハルトウによって地面へ放り出されずに済んだ。
「ヴーケ? 大丈夫かい? 意識はあるのか? うーん、どうやら気絶しているようだな。いったい何だったんだろう」
とりあえずウオーヌ=マサンへ運んで治療しようと考えたハルトウは、ヴーケをやさしく背負いゆっくりと歩きだす。
だがその場に倒れていたはずのサーノウのことを忘れてしまっていた。なんせ彼はいつの間にかいなくなっていたのだから。