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21.いざ開戦そして――

 獣人たちの朝は早い。それは人間よりも野生動物に近い性質がもたらす生活リズムである。冬は陽が短いため早朝はまだ暗いのだが、それでも遠くの空が白んでくるころには熊獣人の部隊はすっかりと準備を整え終えていた。


 その中には、魔王国軍第二部隊五番小隊を率いるサーノウ指揮下として、熊型魔獣に民族衣装を着せた即席の召喚部隊が混ざり整列中だ。これは言うまでも無くヴーゲンクリャナが召喚し、サーノウへ与えた使い捨て用の軍勢である。


『姫様? 本当に街を襲ってしまってよろしいのですか? できれば民間人に手を出さないようにと部隊長に仰せつかっているのですが……』


『てゆうかアタシが抵抗するンだけど倒せると思うなら本気で来てもいぃょ? ウソウソウソぴょん。ぶっちゃけ戦闘員はいないから押しかけて脅すだけでいンだょ。したらアタシがうまいこと誘導して街の外へ逃がすからサ』


『そのあと挟み撃ちにしてしまえばいいと? ですが残っている作戦参謀や事務方の軍人もおりますよね?』


『てゆうかそれは人質でよくなぃ? でもって軍勢を引かせた後で和平交渉したらいぃと思うよ? てゆうかその人たちが大切だって思ってくれるといぃけどねぇ。見殺しにするってなったらヤっちゃうしかないカモ』


『ではその辺り臨機応変と言うことでやらせていただきます。くれぐれも姫様は気取られませぬようお気を付けくださいませ』


『てゆうかサノっちこそ裏かかれたりしないようにネ。ぶっちゃけアタシも詳しい作戦知らなぃカラなにも教えられンくてゴメンだけどサ』


 ヴーケたちがそんなやり取りをしているなどと露ほども知らぬ王国軍は、いつもと変わらぬ朝を迎えている。それはつまりまだ寝ていると言うことである。



『ゴオオォン、ゴオオォン』


 突如、まだ薄暗いウオーヌ=マサン中に鳴り響くほど大きな鐘の音が聞こえた。


「敵襲うう! 砦への敵襲が始まりました! 熊獣人たちのようです!」


 見張り台で叫ぶ兵士の声で陣が騒めきたつ。もちろんハルトウを始めて勇者小隊の面々は全員起きているしヴーケも例外ではない。しかし一般兵たちは交代で休憩を取っているため起きていたものもいれば、今休んだばかりの者たちもいて混乱は必至だ。


 それでも想定の範囲内であるため徐々に準備は整って行く。すでに第一陣は砦の外へと進軍を開始している。王国軍の先方隊は全員が重罪人でありいわば使い捨ての兵隊である。


 もし逃げれば二陣の兵たちによって処分されるだけ。万一生き残れば恩赦によって懲役年数が軽減されるかもしれないし、場合によっては娑婆へ戻れるかもしれないと言われているため彼らも必死で戦うのだ。


 あまり人道的とは言えない方策ではあるのだが、元々粗暴な者が多いこともあって餌で釣る効果は絶大だった。しかし今回は目の前にいる敵が()の熊獣人たちであることを知らない。いくら倒しても相手の戦力は大して減るわけではないのだ。


 ヴーケによって生み出された熊型の魔物が戦っている間に、サーノウの部隊で追加を産み出し続け補充するのが作戦のキモである。王国の第一陣が壊滅するころになっても、熊獣人側にはまだ一人の死者どころか怪我人さえいない。


「一体どうなっているのだ。これほど熊共が多いはずがない。さては魔王国の連中が加勢しているのか。姿を見せずに魔法で困惑させるとは相変わらず卑怯なやつらだ」


「隊長いかがいたしましょう! このままでは砦を押し切られてしまいます!」


「心配はいらん、やつらの軍勢とて無限ではない。今までも数は同等以下だったのだ、このまま押し切ってしまえ! 二陣、三陣を前へ! 四、五陣は左右から挟み逃げ道を塞ぐのだ! 伝令急げ!」


 さすが一個中隊を率いるだけあって部隊長は冷静である。ここで圧倒的な戦力差を見せつけ敵の本体を一気に叩く。それだけでなく、退路を塞ぐことでたとえ今回勝ったとしても次の戦いへの余力を削ることまで考えていた。


 その勢いは凄まじく、偽熊獣人たちは次々に打ち倒されていく。しかしその後に死体は残らず、しばらくすると消えて無くなってしまうところを見ている前衛の兵士たちは徐々に徒労感を表していく。


「この幻影どもを倒さなければ我らに勝利はないぞ! とにかく目の前の熊共を皆殺しにするのだ!」


 部隊長は伝令を繰り返し各陣へ伝えて行くが、言葉だけで一般兵の戦意を高めるのは至難の業だと言える。なにせ彼らは無駄な戦いをしている証を目の当たりにしながら戦っているのだ。


 その影響もあって戦線が膠着していく中、後方で待機していた勇者たちが立ち上がった。


「部隊長、そろそろ限界でしょう。囚人の軍勢はほぼ壊滅してしまったし、まともな兵士をこれ以上失うのは王国としても惜しいでしょう? あとは僕たちに任せてください」


「だ、だがまだまだ数は多いのだぞ? キミたちだけで対処できる数ではない。死体が残らない魔物だからといって虚像ではないのだからな。まあそんなことは百も承知だとは思うが……」


「まあ任せてください。一気に勝利までとはいきませんが、ヤツラを押し戻すくらいは出来るはず。サキョウ行けるか? アスマルは援護をよろしく、テルンは防御を頼むぞ。抜けてくる者がいたらチカとザキュグェラで対処頼む」


 それぞれに指示を出し陣形を組むと、ハルトウとサキョウは一歩下がった位置で祈り始めた。その間は無防備となってしまうため、タンクと呼ばれる防御職のテルンが二人を守る。


 その間に前進してくる敵はアスマルが弓で攻撃し、さばききれない分はザゲラが呪術で作成した焼夷弾で押し戻す。それでも抜けてくる者がいたらチカがフレイル(連接棍)で直接攻撃をくらわすのがいつもの戦い方である。


 ちなみにヴーケは宿舎で留守番させられているのだが、いつもと違ってワガママや文句を言わず大人しく従っていた。他にも宿舎には事務方やメイドたちが篭って終わりの時を待っているのだ。


 そんなヴーケの態度にハルトウは不信感を持つことなく、いざ本物の戦闘が始まればやはり大人しくなるものだと安堵していた。だがこれにはもちろん裏がある。



『てゆうかランド? 戦局はどンな感じなン? ぶっちゃけ暇過ぎてどうしょって感じみたいな? てゆうか思ってたよりもクマちゃん側頑張ってるっぽぃ?』


『ようやく勇者たちが戦い始めたところですな。現段階で熊獣人たちに犠牲はないと言うより戦闘へ出た者がいないようですよ? やはり魔物千体は多すぎたのではないでしょうかねえ』


『てへっ。てゆうか王国軍が五千人とか言ってたからそのくらいはいたほぅがいぃカナって。 ぶっちゃけ悪者軍はスゴイ強いと思ってたンだょネ。てゆうかハルトウたちが出て行ったンならこっちもそろそろってコト? アハッ楽しみー☆ミ』


『うまくいくといいんですけど、主さまが危惧するように、あのコシヒカって役人に人質としての価値が無かったら困りますねえ』


『てゆうか参謀ってやつジャン? それなりには大切にされてると思ぅょ? てゆうかにいにだったら部下を見捨てたりしないモン。てゆうか人間が怪物みたいなのじゃなくてアタシたちと同じだったからサ。とりま見殺しはしなぃで仲間を大切にすると思ってンだけど?』


『いやーワアもそう思いたいですよ? でも前線の兵士を使い捨ての見殺しにするのを今見たばかりですからなあ。ヤツラ逃げてくる仲間を槍で貫いてましたぞ?』


『てゆうかそれは囚人の部隊だからジャン? ぶっちゃけそれは仕方ないと思ぅケドねぇ。てゆうかアタシでもそうするかもしンないし。でもあのコシヒカって人は違うジャン? 多分ネ……』


 一抹の不安を抱えながらも動き出した戦局を見据え、いよいよ計画を実行に移すべく本格的な暗躍を始めるヴーケたちだった。


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