20.暗躍する姫君
ウオーヌ=マサンへついて数日は現地での訓練を行い、ハルトウたちは冬山での戦闘に備えていた。併せて一般兵や上官たちも含めての作戦進行模擬訓練もあってなかなか忙しくハードな日々である。
そんな中またもや暇を持て余しぎみなヴーケは、ガークランドゥの報告を元に裏で熊獣人陣営と通じ今後の予定をたてていた。魔王国からは救援用の魔導士部隊がすでに待機しているのだが、その数は指揮官二名に一個小隊三十名とかなり小規模だ。
対するマイナト王国軍側は一個師団総勢約五千人ほどらしく、その中には恩赦をかけて必死な囚人も含まれている。特にこの辺境へ連れて来られているのは凶暴な重罪人も多く、元から争いごとを好むような輩ばかりである。
この勢力差は王国側に油断をもたらしているのだが、それくらい圧倒的な差なのである。当然前回の戦争ではなすすべなく蹂躙された熊獣人たちは、数日で敗走を決めて山の奥深くへ逃げて行った。
しかし今回は魔王国からの援軍に当事者である熊獣人軍を加えた連合軍となる。それでも総勢で千人程度と王国軍との規模の違いは明らかではあるが、それでも戦争を仕掛けたのだから勝ち目はあると踏んでおり、魔王国軍からの援軍に相当な期待を寄せているのだ。
いくら魔王国からの援軍が加わったとしても、客観的に見てこの戦力差を覆すことができるのかどうかは何とも言えないはずなのだが、昨晩の出来事により熊獣人国陣営の鼻息はこれまでにないほど荒くなっていた。
◇◇◇
「てゆうか、アタシは直接手伝ったりしないし勇者の味方もしないし? てゆうかあっちでは仲間外れにされてるから手伝いようがないンだよねぇ。ぶっちゃけ戦力差とかゆっても軍勢召喚すれば数はあンま変わンなくない? てゆうか連合軍だってことはばれちゃっても平気なン?」
「どの獣人たちの背後にも我々魔王国がついていることは人間たちも承知しているはずです。もちろんそれをとがめられる筋合もありません。それよりも姫様は隣国へ見聞を広めるための旅へ出たと聞いておりまして、まさかこのようなところでお会いするとは驚きました」
「てゆうか数回しか会ってないのに良く顔を覚えててくれたねぇ。アタシ的にはそれが嬉しンだぁ。てゆうか部隊長っての? 偉くなれて良かったジャン」
「まさかご恩のある姫様を忘れてしまうはずがございませぬ。これも私には運がありると言えるでしょう」
「てゆうかアタシに恩があるってそれ本気でゆってンの? 修行の巻き添えで生き埋めになったときはさすがのアタシも血の気が引いたってゆうか人殺しになったと思って泣く寸前だったもン」
「いえいえ、このサーノウは不死身で通っておりますからな。がれきの下敷きくらいならかすり傷で済みますとも。とは言えひと月ほどは入院生活でしたが……」
「てゆうか全然かすり傷ぢゃなくない? ぶっちゃけなンで生きてたのかが不思議だし? 防御魔法が得意って言ったって間に合わなくない?」
「それは幸運が味方し、完全な下敷きにならなかったためでしょう。退院してからは次々に良い役目を与えていただき今では小隊長でございます。これもひとえに姫様が魔王様へ便宜を図って下さったおかげかと」
「てゆうかアタシそんなことしてなぃし? てゆうかアタシってば魔王国軍に対してそんな権限も影響力もなぃょ? ぶっちゃけ運ってか実力ジャン?」
サーノウはてっきり、怪我を負わせたことに責任を感じたヴーゲンクリャナが父である魔王へ進言し、楽で重要な職務へ回してもらえていたと考えていたのだ。どうやらそれが勘違いだったと十年ほど経って判明したわけだが、それでも復帰した際にヴーケから花束が届いたことが現在までの原動力であることは間違いなかった。
「まあ結果として今があるのですから姫様には感謝いたしております。今回もお会いできたことに何か意味があるのでしょう。我らが小隊によって勇者たちなど蹴散らして見せましょう」
「てゆうかあんまりひどく蹴散らされても困るからサ。ほどほどでいンだけど? てゆうか一番前に出てくる赤い腕章を付けてる人らは重罪人らしいからサ。遠慮なくヤっちゃっていンじゃなぃカナ?」
「なるほど、ではそいつらを真っ先に片付けてヤツラのやる気をそぐのがよろしいでしょうか。正直言って正規軍も大して脅威ではございません。警戒すべきは勇者たち数人のみでしょう」
「てゆうかハルトウたちってそんなに強ぃワケ? ずっと一緒にいるけどあンまそんなふぅに見えないンだょねぇ。ぶっちゃけデュンちゃんのが強いカモしンなぃょ?」
「デュンちゃんとは……? もしかして前騎士団長のデュンドンさまですか? あの方は人非ざる強さですから勇者並みなのかもしれませんね。噂では自分を倒せるものは、魔王様含めてもこの世に三人ほどしかいないとおっしゃっていたそうです」
「てゆうか自信過剰過ぎぃ。もうおじいちゃんなんだから大人しくしてないとネ。てゆうかいつごろ始めるつもりなン? クマさんたちが戦死したら家族がかわいそぅだしアタシが軍勢出してあげょっかナ? あっちで待機してる熊獣人軍をコピーすればいンでしょ?」
「それでは彼らがなにもしないことになってしまいますよ? 自分たちの国を取り返すのですから自らの血を流さずに済むはずがありません。姫様のお優しさはわかるのですが、それでは将来に渡り魔王国の属国として、卑下しながら生きて行くことにもなりましょう」
「てゆうかそれでも死なない方がいくなぃ? てゆうかそんなもンなのかにゃあ。てゆうかもし少年兵がいるならその分だけでも引っ込めてあげょぅょ。召喚したら三日くらいは消えなぃしサノっちに従うようにしとくからサ?」
「それはよい案かも知れません。侵攻開始は明後日早朝ですからそれまでに数の確認や熊獣人側の意向を確認しておきます。できれば明日の夜またおいでいただくわけにはいきませんでしょうか。てゆうか抜けて来てしまって平気なのですか?」
「てゆうかちゃんと代わりのアタシを寝かしてきてるカラ平気だょ。ぶっちゃけ夜も眠くなくてヒマヒマのヒマちゃんなのょねぇ」
「それでは恐縮ですが明日の夜にまたお願いいたします。良い戦い、いや姫様の良い経験となれますよう、このサーノウ全力を尽くしましょう!」
「あいあいー」
こうしてハルトウたちに気取られないまま、ヴーケは敵陣営への助力をすることにしてしまった。本心ではどちらの軍勢にも手を貸さないつもりだったが、かたや囚人たちを矢面へ置き、かたやまだ若い者たちまで駆り出し人数集めをしていることを知ってしまったからだ。
いくら国同士の戦争だからと言ってこれでは不公平が過ぎると、ヴーケが感じてしまったのも無理はない。このことによって戦局の行方は全く分からなくなってしまったのだが、王国軍ではそのようなこと誰一人として知る由が無かった。