2.城下町での休日
とある日、珍しく魔王の邸宅前に馬車が用意されたのだが、それはまだ朝と言ってもいいほど早い時間だった。こんな時間からどこかで会合でもあるのだろうかと、事前に何も聞いていない使用人たちは首を傾げている。
魔王が急に出かけること自体は珍しくないが、その時には馬車など使わず自らの魔法で空を飛んで行くのが普通なのだ。馬車を用意すると言うことは、誰かの屋敷やどこかの施設を訪問する時くらいだった。
だが誰の命で準備したものなのかすぐに判明し安堵の声が漏れる。何のことは無い、父親にだけわがまま放題なオテンバ姫のヴーゲンクリャナが、街へ出かけるために用意させたものだったのだ。
準備が出来たところで出発し、馬車はコトコトと走りはじめた。街までは飛んで行けばアッと言う間だが、こうしてのんびりした道中も悪くない。
「てゆうか本当にママも一緒に行くわけ? 保護者同伴で遊びに行くとかぶっちゃけハズいんだけど? とかゆっちゃってもう馬車は走りだしちゃってるから一緒に行くの決定済みなんだけどね。これってもしかしてお小遣い使わずに済むくね? アタシってばラッキー☆ミ」
「ママだってたまには遊びに行きたいんですもの。パパやヴーケちゃんたちは好きな時にピューって飛んで行けばいいでしょうけどママは飛べないのよ? だから今日は案内をお願いね」
「もち全然オッケー。でもどこに行ったのかはパパに内緒だょ? てゆうかまずは本屋さんへ行くんだけどばれるとうるさくて仕方ないンだよねぇ。人間のことならなんでも嫌ってたら知らないことばかり増えてイクナイ。てゆうかアタシ勉強熱心過ぎて偉すぎじゃない?」
「そうね、ヴーケちゃんはみなが言うほど勉強できないわけじゃないし、ちゃんと考えてから行動して―― いる時もあるわ。ただ遊んでるなんてことあるわけ―― ない、わよね?」
「てゆうか所々信用の無さが漏れてるんですケド? アタシだってもうなにもわからない子供じゃないンですケド? アタシってばそんなにバカなのかなぁ。にいにと比べられたらそりゃそうカモしれないけどサ」
「お兄ちゃんたちは頭脳派だからね。そのかわりヴーケちゃんには魔法があるじゃないの。ママなんてどっちもないんだから贅沢な悩みにしか聞こえないのよ?」
「てゆうかママにはその美貌とナイスバデがあるじゃん? ぶっちゃけおっぱい大きすぎ重そう過ぎなンだけど? アタシももういい歳なのにぺったんこでワラエナくてマジでもうムリムリ過ぎぃ」
「きっと全部魔力にとられちゃったのよ。だから背も低いしあた―― 当たりをひいたんでしょ、ええきっとそうに違いないわ。長所が一つあるだけで十分だって、ママはそう思うわ」
そんな母娘の会話が弾んでいるうちに街の入り口を通り抜け、 街の共同駐車場へと到着した。馬車で走り回れるのはここまでで、後は自分の足で歩くしかない。
ところが王妃は自身の重さで満足に歩くことができない。城の中では従者がついているが街中ではそうもいかないのだ。仕方なくヴーゲンクリャナは母へ魔法をかけた。
「てゆうかママったら自分でなんとかする気なさすぎじゃん? もうしょうがないにゃあ。レガ・アキウトリ・ワフテッナ・クルカー」
「ありがとうヴーケちゃん、体が嘘みたいに軽くなったわよ? いつもこうしてもらえばいいってことかしら?」
「アハッ。てゆうかしたらアタシがつきっきりじゃないといけないじゃん? いくらママのことが好きでもそれはぶっちゃけムリムリでしょ。それともママからとってアタシにつけかえちゃうトカ?」
「できるならそれでもいいけど、それほどいいことなんてないわよ? とにかく重いし好奇の目で見られる事ばかりだし汗はかくしね」
「てゆうかアタシだってまだ成長期だし? これからきっとナイスバデになっちゃうと思うワケ。ぶっちゃけ焦ってないし? そのうち朝起きたら秒でデッかくなってンじゃないカナ?」
あけっぴろげでそんな会話をしているものだから、周囲からは見た目以上に注目を集め、わざわざ好奇の目にさらされる羽目になっていた。結局巨大な脂肪を軽くしただけでは目立って仕方ないため、見た目も偽装してから街へと繰り出す母娘であった。
中央通りをしばらく進むと最初の目的である書店が見えてきた。ここには人間界から買い付けてきた書物が多く取り揃えてあり、ヴーゲンクリャナのお気に入り店なのである。
「マスター? なにか面白そうなの入ってる? この間のは冒険ものだと思ったのに読んでみたら令嬢ものでいまいちだったンだよね。てゆうか最近同じパターンのお話が多すぎない? ぶっちゃけ飽きて来ちゃってンのょ」
「これはこれはお嬢様、今回はなかなか面白いものが手に入りました。これはどうですか? 今まで見逃していたのですが、創作ものではなく雑誌に分類される情報誌でございます」
店主が見せてきたのは、見た目は分厚く重厚そうだが、いかにも安物のペラペラな紙で綴られている雑誌だった。表紙には派手なメイクをした女性のバストアップが描かれており、多感な姫の目を引くに十分である。
「もしかしてこれって人間界のファッション誌なのカナ? てゆうか最近の本で間違いないょね? 何カ月も前のだったらぶっちゃけ鮮度が落ちちゃってて使い物にならないンだからサ」
「おそらくは大丈夫のはずです。人間界はこちらで言うところの旧暦ですからひと月ほどずれているはずでしょう。来月号と言うことはおそらくひと月以内に刊行された雑誌だと思われますよ?」
「よくわかンないけどこれ貰ってくわネ。あとイラスト誌の続きはもう出てる? そうそうこないだの前くらいに買ってったやつ―― えーまだなの? てゆうかあの作者って続き出すの遅すぎくない? ぶっちゃっけ今までのお話忘れかけてるンだけど? 新刊でるたびに最初から読み返すから時間かかるンだけど?」
「しかし人気はバツグンですからねえ。一冊キープしておくのも大変なのです。先日は偽物と言うわけではないのですが、愛読者が独自に考えた創作物を自費出版する騒ぎがありましてねえ。裏通りの古書屋ではちょっとした騒ぎになりましたよ」
「そゆのもあるンだねぇ。ぶっちゃけ気持ちはわからなくもないカナ。アタシも絵が上手だったらイラストくらいは描いちゃうカモしれないモン」
「その時はぜひ自費出版されてくださいませ。小ロット可能な印刷所をご紹介しますよ? 交換会なるイベントも密やかに開かれていると言うウワサもあり、なかなか奥の深い世界のようですね」
「確かに面白そネ。てゆうか上手に描けるようになるまでアタシじゃ何万年かかるかわからないょ。買付できるようならおススメをゲトしといてね☆ミ」
「かしこまりました。それでは今回のお会計はっと――」
「ママーほらほら払っといてよね。次はドレスを見にいこっ。てゆうか買い物してもお小遣いが減らないなんてサイコー。ママ大好きだょ!」
「それってママのお財布が好きなんじゃないの? まったくおねだり上手なんだから困ったものね。まあでもママはヴーケちゃんのお下がりを読ませてもらってるから仕方ないわ。はい、ではご店主、これでお願いしますね」
支払いを済ませた二人はまた街へ繰り出していく。次は衣装屋へ、その次は食器屋へと行きたいところは次々に思い浮かぶものだ。
そんなことを繰り返しているうちに陽が傾いてきた。あまり遅くなると心配性の魔王が気をもむだろう。本当は最後にお茶でもしたかったヴーケたちだが、そんなことを心配しつつ荷物も多くなったことだしと、そろそろ帰ることにした。
仕方なく公営駐車場へと戻って行くと、なにやら騒ぎが起きているようで辺りがざわついている。まさかこんな人の多いところで馬車強盗でもあるまいし、何があったのかと様子をうかがう。
「いったいなにがあったのかしら。随分と騒がしくて、ママ不安になっちゃう。ヴーケちゃん、ちょっと誰かに聞いて来てちょうだいな」
「はーい。ママは先に馬車に乗ってるンだょ? 危なそうならすぐにデっぱつしていぃからネ。アタシはすぐ追いかけられるンだし。ぶっちゃけ足手まとい? 一人ならいろいろやりようがあるンだもん」
「そうよね、ヴーケちゃんは強いからつい頼りにしてしまうわ。だからパパも期待をかけすぎてしまうのよね。実は陰では褒めてばかりなんだから」
「そゆのは本人の前でゆって欲しいもンだょ? パパってば褒めて伸ばすって言葉知らないンだからサ。てゆうか褒めろ? それはともかく秒で見てくるね」
一体何が起きているのだろうか。この平和な街で騒ぎが起きることは珍しい、などと冒険や空想の創作モノが好きなヴーケらしい不謹慎なことを考えながら、ワクワクしながら見物へと急ぐのだった。