17.加入試験
この日ヴーケたちは朝から街へ繰り出して買い物に精を出していた。明日には勇者たち一行は寒さ厳しい北の地へと向かうのだから遊んでいるわけではない。
しかしなぜヴーケまでここにいるのかと言えば――
◇◇◇
「わかりました、どうしても連れて行っていただけないのなら諦めます。ですがアタシにも使命ががあり、今は北へ向かえとの導きに従うほかありません。仕方ないので一人で参りますので皆さまとはここでお別れですね」
「ちょっ、ちょっと待つんだヴーケ! いくらなんでも一人で冬山を超える旅は無茶だよ。その導きとやらもいますぐのことではないかもしれないだろ? 春になってからでもいいじゃないか」
「いいえ、アタシに課せられた使命が争いを無くすことなのであれば、きっと今回の戦いの場に行くことに意味があるのでしょう。ならば間に合うように向かうしかありません。いいえ、ご心配には及びません。どんなにつらい道のりであろうと、困難が待ち受けていようと、導きに従えば前回のようにうまく行くに決まっているのですから」
これを聞いたハルトウはうろたえた。なんと言ってもヴーケが魔人たちの砦に捕らえられひどい目にあわされていたと思いこんでいる。そのため今回もたどり着く前に何者かに捕らえられたり、たとえウオーヌ=マサンへつけたとしても、荒くれ者たちの餌食になるのではないかと考えた。
「わかった、僕の負けだよ。そこまで意志が固いのだし、その行動が平和のためであるなら志は同じだからね。一緒に行くことにしようじゃないか。そのためには王宮の担当者へメンバーの追加を申請しないといけないんだがなあ……」
「ちょっとハルトウったら本気なの!? こんななにも出来ない女の子を連れて行くのは無茶よ。それに王宮だって許可を出すわけないわ。ジョブについてはなんと申請するつもり? まさか星の巫女だとかそんなこと言えるはずないじゃない」
「ハルトウ? わたくしも同じ意見です。同行自体はあなたの判断ですから反対はいたしません。ですがメンバーとしての申請は無理があるかと」
「そうだよなあ。だが他にも王宮からの同行者がいるからこっそりと言うわけにもいかないんだ。鉱山の働き手と管理人に事務方もいて総勢で百人規模だそうだよ」
「ちっ、また囚人どもと一緒なのかよ。アイツらはすぐに暴れやがるし下品でうるせえから嫌なんだ。せめてそれだけでも別口にならねえもんかねえ」
「テルンの言うことはもっともだけど、彼らの暴走を防ぐ役割も僕らにはあるから仕方ないよ。向こうへついてしまえば鉱山へ閉じ込められてしまうんだから二度と会うことは無いさ」
「ではアタシはその囚人たちの世話係になりましょう。心配はいりません、荒波は静かになるためにあると導きが出ていますし、きっとそのことだと思いますよ」
「おいおい、ヴーケちゃんよお? いくらなんでもそれは無謀すぎやしないか? ハルトウじゃなくても迂闊過ぎて心配になるぜ」
「テルンもおやさしいのね。心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫、アタシにはなにか確信めいたものが浮かんでいるのですから」
ヴーケにとって荒くれ者など子猫と同じだった。魔王国にも囚人はいたが、彼らを鎮め大人しくさせたり更生させたりするため魅了が用いられているのだ。ヴーケ自身はその役目についたことは無いが、話には聞いているし魅了自体は自由に扱える。
ここで役に立つところを見せれば、勇者小隊において自分の役割を確立できるに違いないと彼女は考えた。それが何のために必要なのかは置いておいて、今はとにかく行動を共にする理由を絶やさないことが彼女にとって最重要なのだ。
「ではヴーケ、おまえさん歌は歌えるかい? 囚人たちにもたまの息抜きは必要だと考えられていてな。慰問と称して歌を聞かせたり踊りを見せたりすることがあるのじゃよ。それを担う慰問隊におるのが専属の歌い手や踊り子と言うわけじゃ」
「なるほど、さすがに踊り子ではパーティーに必要ないから、戦曲をになう歌姫としてメンバーへ加えることにすればいいな。ありがとうザゲラ、助かったよ」
「ちぇっ、なにが歌姫よ。歌なんて一度も聞いたことないじゃないの。ばれても知らないわよ? 念のためだけど、アンタ何でもいいから歌うことはできるの? さすがに一度や二度は歌わないとばれるわよ?」
「得意ではありませんけど歌うこと自体は出来ますよ? でもなにを歌えばいいのでしょうか。人の心に作用するような曲がいいでしょうけど、私が今歌えるのは捕らえられていた時に歌わされていた魔人たちの好む歌くらいです」
「へえ、魔人たちにも歌を楽しむ文化があるとは驚きだ。やつらは生肉をかじって酒ばかり呑んでいると聞いていたからな。だが確かに酒の席には踊り子も歌い手も付き物かもしれねえ」
テルンの言い分どおり、人間界でも魔人界同様、魔人は怪物のような姿だと認識されている。前線に出ている彼らが、魔人と人間の見た目が同じだと言うのを知らないのも一見すると変な話だが、召喚軍勢としか戦ったことが無いので無理もない。
「ワシも興味があるのう。一度披露してもらいたいものじゃ」
「ええ、構いませんよ。でも下手だと笑わないで下さいね?」
ヴーケはザゲラの言葉を受けて目を閉じ、息を大きく吸いこんだ。
それは魔人の子守歌、子供を寝かしつけるためのなんてことはない単純なメロディで素朴な曲である。しかし抑えきれていない魅了の力が含まれてしまっている。
さすがに精神力に優れる勇者小隊の面々へ目に見える効果はなかったが、それでも心を打つには十分だ。雑務をしていたメイドたちも何事かと集まってしまったし、漏れ聞こえたのを耳にした近隣住民までが庭先に集まり遠巻きに聞き惚れていた。
「ふう、この程度のつたない歌にお付き合いくださってありがとうございました」
「いやあ、考えていたよりもはるかに素晴らしかったよ。王宮で披露したなら国王お抱えの歌い手に抜擢されるかもしれないね」
「ま、まあ、なかなか良かったんじゃないかしら? ウチも歌は好きだし? ついてきても構わないかなって思ったわよ。なんか悔しいけど……」
◇◇◇
こんな出来事が昨晩あり、ヴーケは無事に勇者小隊の一員として正式に迎えられたのであった。
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