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15.星々の導き

 先日起きた諜報員の接触以外、大して代わり映えのない毎日を過ごしているヴーケに転機が訪れたのは、もうひと月ほど経とうかというある日の夜だった。これまでやることと言えば、遣い魔のランドと夜通し話をしながら朝を待ち、勇者ハルトウたちが起きてきたらメイドたちと共に朝食の支度を手伝うこと。


 それが終わると訓練をしているメンバーを眺めながらタオルや水をせっせと運んでみたり、時には庭の掃き掃除をしてみたりと、とにかく時間を潰すことに苦労している。


 だがハルトウたちが城へ呼び出されることが続いており、ようやく今日になって出陣が決まった。そのせいでみな表情が引き締まり保養所には緊張感が漂う。


「勇者さま? お出かけになってしまうのですか? アタシ一人で置いて行かれるのは心細いです。お邪魔にならないようにしますから連れて行ってください」


「気持ちはわかる、が以前も言ったように危険が伴うのだから連れて行くわけにはいかないよ。それに今回はかなり遠くまで行くからずっと野宿が続くんだ。面白くもないし風呂にも入れずキツイ日々が待っているからね」


「それでもアタシはみなさんの役にたちたいんです。ここで一人だけ気楽に過ごしていいはずありません。星々の導きがアタシも共に進めと示していることですし」


 この発言に反応を見せたのが神官であるサキョウだった。彼女は太陽神信仰を広めるための神殿から遣わされ旅に同行している立場だ。つまり天に一つしかない太陽を神と崇める唯一神信仰者である。


 そんな彼女の目の前で、他の神からの啓示と捉えられる言葉を発したのだから心穏やかではいられない。出陣が決まりいつもより厳しい目つきだったこともあり、一見するとヴーケを睨んでいるように感じられた。


 だがここでさすが年の功と言うべきか、パーティー最年長のザゲラが助け舟を出す。


「なあハルトウよ、オマエさんはなにかを知っていて隠しているのかもしれんがそれはまあいい。このお嬢さんにも事情があるのだろうからな。だがそれでも人の根幹にかかわる部分での疑念は早めに晴らしておかねばならぬだろうて」


「しかし…… 僕も良くわかっていないことで――」


「勇者さま? アタシ大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ございません。皆さんに疑われるようなことを言ったアタシが悪いんですからかばわないでくださいませ」


「そうは言うけど、このままじゃここへいてもらうことすら難しくなってしまうじゃないか。キミが怪しい者でないことはわかっているつもりだけど、それをどう証明すればいいのか僕にはわからないんだ」


「はい、ですからアタシ自身できちんとご説明します。実は少しずつ記憶が戻ってきているのでわかる範囲でお話させてください。先ほど申し上げたようにアタシは星の導きによってこの地へ参りました」


 一度ならず二度までもと言いたげに身を乗り出したサキョウだが、ひとまずは話を聞くべきだと考えたザゲラによって制止されやや落ち着きを取り戻す。


「アタシを疑いの目で見るのも憎しみをぶつけるのも構いません。ただそれが人民の幸せに繋がるのであればいくらでも犠牲になりましょう。そのためには、今この世で起きている悲しい負の連鎖を止めなくてはなりません。世界中に蔓延する罪と業をこの身へ背負うことにためらいはありません」


『つまりどういうことですか? ワアにはさっぱりわかりませんぞ?』


『てゆうかアタシもぶっちゃけわかンなぃンだけど? いろんなお話のもっともらしぃトコ思い出しながら繋げてるだけだし? こっからどしたらいぃと思ぅ?』


『ワアがわかるわけありません。主さまの演技力に期待ですな』


 まったくなにも考えず、無計画に話しはじめたヴーケは、続きをひねり出すためにさらに記憶を振り絞る。人間界に出回っている物語そのままだとすぐにばれて余計怪しませそうなので、魔王国内の話を中心に組み合わせて行く。


「まず先ほど申し上げた星の導きですが、これは星がアタシに話しかけてくるわけではありません。あくまで星々の瞬きから判断しているだけなので、勘違いさせてしまったのなら申し訳ありません。アタシに特別な力があるとは思いませんが、星を見つめていると頭の中に近い未来に起こる出来事がいくつか浮かんでくるのです」


「それって未来がわかるってこと? まさかそんな力が存在するはずないわ。なんでも見通せるなら苦労はないし、生きていく上でいい事ばかりになるじゃないの」


「なんでもわかるわけではないのです。チカが言ったように完全にわかっていればいいですが実際にはぼんやりと概念が浮かぶだけ。ですが勇者さまとお会いできたのは偶然ではありません。魔王国の砦を目指すというより方角だけが浮かんできました。その結果捕らえられてしまいましたが、ただ待てばいいとわかっていたのです」


「なんだか胡散臭いわねえ。サキョウは神官としてどう思う? 普段は太陽神の天啓を受けたりしてるんでしょ?」


 突然チカに話を振られたサキョウだが、思わぬ質問に狼狽してしまった。なぜなら太陽神からの天啓など受けたことが無いからである。父である神官長も天啓天啓と言ってはいるが、実のところそんな夢のような話は無く、正直言って今の神殿は教団の利益を追求するための政治団体と言ってもおかしくはない有様だ。


 サキョウが勇者小隊へ送りこまれたのも父の野心によるものが大きく、あわよくば娘が勇者を婿として連れ帰って来たなら、王国における地位を盤石に出来ると考えたからである。そんな世俗的な現在の神殿を軽蔑しているサキョウは、話に乗じ見聞を広めるつもりで外の世界へと旅に出たのだった。


 勇者たちのために振るう神官としての力を持っているのは事実だが、それは実のところ家系的に生まれ持って授かったものだ。決してサキョウや父の信仰心が高いことで後天的に得られたわけではない。まず力が先にあり、そこへ太陽神を結びつけた先祖がいたことで、神官の家系と言う現在の地位を築いたことは一族周知の事実である。


 つまり、ヴーケの言うように、星々から予言のような啓示を授かる力を持つ者がいたとしても、なんら不思議でも不自然でもないのだ。とはいえ本当にそのような力を持っているのかどうかはまだわからない。何らかの形で証明されるまで信用は出来ない。


「そうですね、太陽神様以外にもわたくしたちのために力を授けて下さる神が、本当にいるのであれば心強いとは考えます。ですが今聞いたお話だけではなんとも判断はできません」


「そっか、今はウチらも他種族との戦いで苦労しているけど、他にも味方してくれる神様がいたらぐっと有利になるかもしれないもんね。でもヴーケはさっき犠牲になるとか罪を背負うとか言ってたよね? それってどういう意味なわけ? 悲しい負の連鎖を止めるってなんのこと?」


「それはアタシにもはっきりとはわかりません。でも負の連鎖は戦争の繰り返しを示しているのでしょう。それと、その戦乱を引き起こしている人間を含むすべての種族は罪を犯していること、その罪をアタシが背負うためにこの身を捧げる覚悟が必要らしいことはわかっています」


「なにそれ、アンタ一人で全てを背負って死んじゃうってこと? そんなことで今まで戦ってきたことが無くなるわけないでしょ。なんだかバカらしい、いかにも作り話じゃないの」


「チカっ! 今の物言いはヴーケに失礼じゃないか! 彼女は自分を犠牲にしても戦争の繰り返しを止めたいと言っているんだぞ? それがどんな神の願いなのかはわからないけど、とても尊い考えだと言うことくらい僕にもわかるぞ!」


「なによ…… そうやってその子の肩ばっか持ってさ。幼馴染でずっと一緒にいるのにウチのことなんてなにも考えてくれないじゃないの! ハルったらひどいよ! 一体ウチがどんな悪いことしたって言うの?」


 チカがそう言って涙を浮かべた直後、反論せずに黙っていたハルトウの頬を強烈な一発が襲った。

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