表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/45

14.ある諜報員の災難

 ヴーゲンクリャナが村娘、いや星の落とし子ヴーケとして勇者ハルトウに保護(・・)された直後のことだ。当然のように魔王城内は大荒れになっていた。


 怒り狂った魔王は今すぐ王国へ攻め入ると言い出しているし、失態を犯した長兄のボロギーは取り返すための策を練ることに夢中で通常業務を放り出したままである。


 そのなかで唯一冷静なのは次兄のダボールくらいだが、彼の場合は興味が無いと言うのが正直なところだ。しかし母である王妃が部屋までやってきて懇願したことで渋々知恵を絞り始めることになった。


「ママ? はっきり言っちゃうと、あんなのほっといても問題ないよ。心配なのは行った先の王国でなにかやらかして後処理が大変になるとか、先住民族との交易に影響が出て穀物や農作物の相場が予想外の動きになってしまうことさ」


「でもこのままだとパパが進軍を始めてしまうわよ? ヴーケちゃんに心配がないのなら、なんとか説得して戦争を始めるのを止められないかしら……」


「でもボクじゃとても説得なんて出来やしないさ。ヴーケが帰ってくるのが一番だけど期待はできないな。せめて連絡するよう繋ぎを付けられればいいんだろ? でも下手に接触してヴーケの身元が人間たちにばれたら大事になると思うよ?」


「それでも何とかできるかどうか試してみてちょうだいな。愛してるわよ、ダボールちゃん」


「まったくこういう時ばっかさあ。みんなヴーケに甘すぎるんだよ。あの考え無しめ、少しは痛い目見た方がいいんだ」


 三人兄弟の真ん中であるダボールはヴーケが産まれるまでは両親の愛情を全て注がれてきた。しかしヴーゲンクリャナが産まれた瞬間から長兄のボロギー同様、コロッと態度を変えられ口惜しい思いをしたものだ。


 決定的だったのは、幼いながら魔力にあふれ将来有望な妹を褒めるために、父である魔王が兄たちをおとしめるような発言をしたことだった。さすがに長兄のボロギーは意にも介さなかったが、すっかり落ち込んでしまったダボールは滅多に部屋から出なくなった。


 それでも賢さでは自分に優位性があるのは明白でありいつまでも根に持っているわけではない。というより次期魔王から脱落したことで気が楽になり、何事にも無関心になってしまったと言うのが本当のところだ。


 それが久しぶりに妹と関わるのがこんなくだらない騒ぎとは、本当にあの愚妹(ぐまい)はいまいましいと腹を立てるダボールである。しかしこの兄妹は揃いも揃って母親にはめっぽう弱い。


 その願いを|無碍≪むげ≫には出来ないと、ダボールはかすかにしかない魔力を振り絞り遣い魔であるオフスナーレを呼び出した。ポンッと空中に煙が立ちのぼりイルカに似た召喚獣が現れた。


『ご主人様、いかがいたしましたか? 随分と早めのお呼び出しでございますね』


「少々問題が起きていてな。タックボルへ繋ぎを付けてくれ」


『かしこまりました。しばしお待ちください』


 オフスナーレは空中を漂うだけで移動できないが、口から高周波の音波を出し遠方に設置した受信機間での通話が可能だ。こうしてダボールは人間たちと情報交換をしながら金を稼いでいた。



『これはこれはダボール様、予定日前にご連絡とはなにか急用ですかな?』


「やあタックボル、急にすまない。実は人を探してもらいたいんだ。魔人の少女が興味本位で人間について行ってしまったらしく、迷子届けが出されていてなあ」


『おやおや、ダボール様ともあろうお方が直々にお探しになる迷子とは興味深いですな。いやいや素性を勘ぐりは致しませんよ? 私としては金になればそれで良い。今後とも良い関係を続けて行きたいですし、何より命が惜しい』


「話が早くて助かるよ。だからキミとは付き合いやすいんだ。それでターゲットなんだが、歳は十七だが人間から見たらもっと幼く見えるかもしれない。金髪でこうなんと言うんだか耳の上で髪を結んでいたのできっとそのままだろう。頭の悪さが滲み出るような話し方をするのだが、これは演技でいくらでも誤魔化せるから当てにはならん。甘いものと流行りのモノに目が無く、行列へ並ぶことをいとわない。体型は上から下まで真っ直ぐの材木のような体形でとても女には見えない。服の色は赤を好むから意外にに目立つかもしれない。ひとまずはこんなところだな」


『またまたこれは随分と詳しくお知らせいただきましたな。この詳細を元にすればそれほど時間もかからず見つけられると思います。それで見つけたらどうすればよろしいでしょうか』


「そうだな、周囲の人間に悟られないよう繋ぎを付け、とにかく帰ってくるか連絡するかするよう伝えてもらいたい。くれぐれも会話をしようとするなよ? 一方的に伝えるだけで構わない。そいつは魅了の力を持っているから、抵抗力の無い者が会話をするとあっという間に言うがままにされてしまうぞ?」


『それはそれは恐ろしいことで。長時間(・・・)の接触は厳禁と覚えておきましょう。それでは明日の同じ時間に進捗をご報告差し上げます』


「いや明日でなく明後日にしてくれ。こちらにも都合があるからな。その前に連絡があると喜ばしいが、無理だったとしても咎めはしないさ。報酬は次の取引の際に手数料を一厘上乗せさせてもらおうか」


『なんとなんと大盤振る舞いな。さぞかし―― いえいえなんでもございませぬ。間違いなく良い結果をご報告させていただきましょう』



 通話を終えたダボールはすぐにソファへ崩れ落ちた。その瞬間オフスナーレは役目を終え霧散しながら消え去った。


「まったくボクは情けないもんだ。これくらいで魔力が枯渇近いとはな。連絡を明後日にしてもらって良かった。後はママへ報告して一眠りしよう」


 ダボールはブツブツと呟いてから母へと報告し、それが魔王へ伝達されるとひとまず城内の騒ぎは静まった。情報の取り扱いに関してどれだけ次男の手腕を評価しているのかがわかる。


 現段階でヴーケから連絡があるかどうかは何とも言えないが、それでも魔王が軍を動かそうとせん危機は去ったことは間違いない。だが勝手な行動をした娘への怒りはまだ収まっておらず、その矛先をどこかへ向かわせないととても収まらない。


 拳を強く握りしめた魔王は地下深くにある魔王の間へおもむき、全力で魔力を解放し気持ち落ち着かせた。この行動は国中へ魔力を充填する作業なのだが、怒りのパワーは凄まじかったようで約一年分が一度で補充されたらしい。



 それから数日の後、タックボル子飼いの諜報員がようやくヴーケを見つけた。


「もしもしお嬢様、ご家族が――」


「ん? どなたですか? アタシに何かご用でも?」


 ヴーケが振り返った瞬間に諜報員は心を奪われた。それはダボールの予想をはるかに超えており、魔力を全く持たない人間では避けようが無い。このとおり会話どころか返事だけでこの始末である。


 普段の生活下では押さえているが、今は勇者小隊が不在のため一人で街を散歩していたところだ。いつ何時何があるかわからないため、近寄るものすべてから身を守るために魅了の力で防護していた。


「は、はい…… 麗しきご令嬢、あなた様はどちらのご貴族様なのでしょうか」


「ふう、危なかったわ。えっとアナタは誰? 何のために近づいてきたの? お金なら持ってないから誘拐とか考えないでもらいたいんだけど?」


「危害を加えるなどとんでもございません。主人の命によりお嬢様へ伝言を言付かっているだけです。しかしお美しい…… ああ、ご無礼申し訳ございません」


「まあいいわ、伝言と言うのを聞く前にあなたの主人を教えて? どういう関係でアタシを知ったのかも含めてたっぷりと聞くことがありそうね」


「私の主人はタックボルという商人でございます。私はお嬢様の特徴を知らされているだけで詳しいことは何も知りません。とにかくお伝えすることだけを考えていたのです。どうか私を召使か奴隷にしてくださいませ!」


「召使いも奴隷も抱えるのは迷惑だからお断りよ? でもこれから少しだけアタシのために働いてもらうわね。まずはそのタックボルのところへ案内してもらおうかしら」


 警戒していたはずなのにまんまと魅了されてしまった諜報員だが、それでも結果としてはヴーケを見つけ用件を伝えることはできた。だが主人には連れて来いと命じられているわけではなかった。


 しかしこの優秀な諜報員は偽りの幸せを味わいながら新たな主人(・・・・)を本来の主人へと案内したことで、共に魅了される結果になったのは言うまでも無い。



 こうして兄の思惑とは少しずれたが、家とヴーケの間を繋ぐことには成功したわけである。ただしダボールはこの後、暗躍しただの信用して無いだのとアレコレ難癖を付けられ、タックボル経由で小遣いをむしりとられることになってしまった。


 もちろん心配で仕方ない母親へも連絡したかったのだが、魔力の無い母とは直接魔導通信が出来ないため、ボロギー経由でちゃんとした生活を送れていることを伝えたので母も一安心の様子である。


 最後に父である魔王には、これはれっきとした諜報活動であって遊びではないことと、人間が他種族へ侵攻することをやめさせられるかもしれないとうそぶき、しばらくの滞在を無理やり認めさせることに成功した。



『しかし主さまにしてはうまく丸め込みましたね。ワアは驚きを隠せませんぞ。いつの間にそんな話術を見に付けたのか不思議ですねえ』


『てゆうかアタシも必死だし? パパってば帰らないと王国へ進軍するとかゆっちゃってたしサ。ぶっちゃけこんな楽しいとこが無くなったら困るし? 足りなぃ頭を振り絞っちゃったワケ』


『ですがたまには成果を報告しないとなりませんねえ。実際に諜報活動なぞなにもしていないと言うのに大丈夫なんですか?』


『てゆうかだいじょばなぃに決まってる? とりまちぃにいにが儲かるようにしたらなンとかしてくれるっしょ。あのタックボルって人にゆぇばお小遣いももらえちゃぅし? てゆうかハルトウって暇すぎジャン?』


『まあ勇者ですから戦争以外では出番がないのでしょうな。とは言っても出掛ける先が魔王国領でないと気が楽なんですけどねえ』


『ぶっちゃけそんなのすっかり忘れてたょ。てゆうか人間たちの軍はアタシらといくら戦っても魔人一人すら倒せてないってわかってンのかな? ぶっちゃけ無駄なことばっかやってるから頭の出来が心配になっちゃうょ』


 他人を心配する余裕まで出て来たヴーケは、これで大手を振って王国での楽しい日々を送れるようになったのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ