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10.勇者ハルトウ

 ここはマイナト王国の首都、つまり王のお膝元である王都ロクモギである。その王都正門から一番遠いところにある豪華な建物が王城なのだが、そのすぐ脇には飾り気のない真四角な建築物が建っていた。


「ウチは絶対反対だからね。こんなどこの馬の骨だかわからない女を仲間にするなんてリスクが高すぎるわよ。あのねハルトウ? ウチらは遊んでるんじゃないの。国のために働いてるんだってことを忘れちゃいけないわ」


「僕だってそれくらいわかっているさ。だが彼女を保護してしまったのは僕なんだから放っておくわけにもいかないだろう? ははーん、チカはまだ僕を幼馴染の子供だと言う目で見ているんだな? 勇者になった僕は、いくら幼馴染でも特別扱いはできないよ?」


「ちがっ、そう言うことじゃないんだってば! なんでそんなにひねくれた考えになっちゃったのよ…… 昔はもっと素直だったじゃない。ウチの言うことをなにも聞いてくれないなんてひどいよ」


「ひどいのはどっちなんだ? 僕が必死に修行しているときは無駄な努力だと笑っていたくせに、勇者の力に目覚めた途端すり寄って来たじゃないか」


「それは誤解だって何度も言ってるでしょ? 一人で村から出て行くのは不安だから良く知ってるウチがついていくようにって言われたってこと、自分だって村長から直接聞いたじゃないのさ」


「けれどもう幼馴染の助力なんて必要ないだろう? 確かにチカは優秀なヒーラーかもしれない。でもパーティーには神殿から派遣されてきたサキョウだっているから人手は十分だよ」


「わたくしとしてはチカもいた方が安心だとは思いますけれどね。わたくしたちを治療するだけでなく、遠征先で傷ついた兵士たちを癒すこともあるわけですから。ハルトウもそれほどチカを遠ざけようとせずともいいではありませんか」


「だけどコイツはなにかと幼馴染だと言ってすぐに距離を詰めてくるんだ。なにか思惑があるに決まってる。勇者になってからそういうヤツラばかり近づいてきて、僕はもううんざりしてるんだからね」


 簡素な建物の中から響いてくる男女の大声に、表で待たされているヴーケは待ちくたびれていた。これで相手が勇者でなかったらとっくに帰ってしまっていたはずである。


 しかしせっかくこうして人間の国までやってきたのだ。物見遊山としてこれほどの機会はそうそう巡ってこない。ヴーケはお供である妖精(・・)のランドと一緒に辛抱強く待っていた。



 やがて――



「やあ、大分待たせてしまったね。仲間との話し合いに時間がかかってしまって悪かった。だがもう大丈夫、当面はこの保養所で過ごすといい。身の回りのことをしてくれる人たちもいるし食事も出るから心配いらないよ?」


「あの…… アタシのせいで問題が起きているなら出て行きますから。元いたところまで連れて行ってくれたらきっとまた拾ってもらえるし……」


「それはあの恐ろしい魔人たちにまたこき使われると言うことじゃないか。キミみたいな少女をみすみすそんな辛い目に合わせるわけにはいかないさ。何の心配もいらないから僕らに頼ってくれ」


「アタシ、誰かに迷惑をかけるのだけはダメってことは覚えてるんです。あとはほとんど忘れてしまって…… なにかわからないことがある時はこの妖精さんが教えてくれるの」


 ヴーケがそう言うと、何もない空中に火花のような光がパッと開き、透明な羽を羽ばたかせながら小さな妖精が現れた。思いがけない光景に勇者ハルトウは目を見開いている。


 正体はもちろん裂けた大口の肉食魚(アリゲーターガー)の姿であるガークランドゥだが、所詮はヴーケの魔力で作られているかりそめの肉体だ。主の意志によりいかようにも姿を変えられてしまい、今は可愛らしい姿と言うわけだ。


「そんな! 妖精のなんて存在がこの世に本当にいるなんて驚いた。キミはもしかして女神か天使なのかい? それとも預言者か何かなんだろうか」


「アタシはそんな大層なものではなくただの村娘です。きっと哀れに思った神様が妖精さんをお友達として遣わしてくれたのね」


「なるほど、それなら僕と似たようなものさ。僕は子供のころから剣の修行をしてたんだけど、訓練中に大怪我をしてしまったんだよ。その治療を頑張りながらも心が折れそうになったある日、夢の中に神様が出て来て僕に勇者の力をくれたのさ」


「まあ素敵なお話! アタシにもそんな特別な力があれば勇者様のお手を煩わせずに済んだかもしれないのに…… ホントにごめんなさい」


「なにを言ってるのさ。迷惑なんてことないってば。僕はみなを助けるために力を授かったんだから、人助けをするのは当然のことなんだからね。それにキミは周囲の者たちと違って僕が勇者だから近づいてきたわけではないし、なんの打算もないどころか迷惑だからと言ってここから去ろうとするほど奥ゆかしい。とても素晴らしい女性だよ」


 興奮気味に語るハルトウの言葉を聞きながら、心の中で舌をぺろりと出しているヴーケである。この様子ならあとひと押しでもっと勇者たちに信用されるかもしれないと考えたイタズラ姫は、更なる一手を繰り出した。


『ランド? アタシには特別な力があるンだって秘密を勇者へ打ち明けちゃって。てゆうか魔人って言ったらだめょ? 勇者は太陽神の遣いだから月にしとく? いや待っててゆうかそれって確かおとぎ話で太陽神と争って負けた神様ジャン。とりま星の神様にしとこか。設定はねえ――』


『かしこまり。では所々誘導お願いしますぞ?』

「もしもし勇者さま、ワアは星々と地上を繋ぐ妖精のランドと申します。実はこちらのヴーケさまの元へ遣わされたのには秘密の理由があるのです」


「む? 秘密なのに話してしまっていいのかい? 僕が誰かに打ち明けてしまったら困るだろう?」


「そこは勇者さまを信用するしかありません。なんとしてもヴーケさまをお守りいただきたいのです。彼女は人がまだ魔人であり魔人がまだ人であった太古の昔に存在した純粋な人族の生まれ変わりなのです」


「な、なんだって!? それはおとぎ話ではなかったのか!? 元は一つだったけど太陽神と月神の争いによって二つに分かれたとのアレだろ?」


『あーそんなお話あったねぇ。すっかり忘れてたけどそれで行こぅ。てゆうかランドってばなかなかやるじゃなぃのサ。この様子だと勇者ちゃんってば秒で信じてるネ』


「はい、その通りです。今地上には危機が迫っております。人間には勇者が遣わされ、魔人には魔王がおり双方の争いが絶えません。それを止めるために星の神々が力を合わせて一人の少女を地上へと送り込んだのです」


「まさかそれが彼女だと言うのかい? にわかに信じられないが…… しかし妖精だっておとぎ話の中にしかいないと言われているしなあ。まあ最後まで聞いてから判断することにするよ」


「ありがとうございます。星の神々はヴーケさまを地上へ産み落とされました。しかしその時の衝撃で記憶が失われ、自身の使命を忘れてしまったのです。本来はここから離れた砂漠の国で人々を導くはずでした。それが叶わなくなったためワアを送り手助けをさせることにしたのです」


『いぃょいぃょぉ。そだアタシは人間と魔人を半分ずつくっつけた存在ってことにしょぉか。んでもって勇者に発見されるようにしたってことネ。あとねぇ――』


「こうなっては仕方ありません。ひと気のある場所で一番近い魔人の砦へ向かうことにしました。先ほど申し上げたようにヴーケさまは純粋な人族、つまり普通の人々と変わらない体質ですから生きるためには食事や睡眠が必要となります。それに少女が荒野に一人ともいきませぬ」


「そうだな、それは当然だろう。だからここに留まっていればきっと何の問題もないはずさ。わざわざ劣悪な環境へ戻る必要はないだろう?」


「ですが古代の純粋な人族とは、言うなれば現在の魔人と人間を半分ずつ併せ持っている存在と言えます。今は封じられていますが体内には魔力を持っている、このことがどういうことはお分かりになりましょう?」


「―― ふむ、人間からは魔人だと見られてしまうと言うことか…… となるとばれてしまったら捕らえられて処刑されることもあり得る。いや、まさかそんなことが許されてなるものか! 僕が守って見せるさ」


「ワアがヴーケさまを魔人の砦へ誘導したのは、やがて勇者さまがやってきてお助け下さると考えたからです。しかしまさかお仲間がいたとは…… これはワアの大失態でした…… お仲間は普通の人間なのでしょう? きっとこのことを知ればヴーケさまを衛兵にでも突き出すに違いありません。もちろんこのことが明かされなければ見た目からなにから人間ですので問題ありませんが……」


「わかった、事の真偽はともかく、このことは絶対に口外せず秘密にしておくと約束しよう。内容全てをここで信じ切れたと言えないのは申し訳ないが、僕も所詮は十八の若造で社会経験が少ない。これからはキミたちを同行させて行動を観察させてもらおうと思う」


『てゆうかランドの話が長すぎてアタシ飽きてきたンですけど? てゆうか勇者ってやっぱりバカなのかもしンなぃね。そんな簡単に信じられる話ぢゃなくなぃ? てゆうかぶっちゃけ観察だなんてえちえちな響きぃ』

「やっぱり今の話って信じられないですよね? アタシも信じてないんです。砦でもお洗濯やお料理は出来ないし、荷物運びくらいしか役に立たないって…… だからいつも兵士さんたちの――」


「いやわかった、みなまで言うな! きっと辛い思いを沢山してきたのだろう。自分の境遇を信じられないと感じるほどにね。わかった、今はこの妖精もいることだし信じておくよ。だからえっとヴーケ? も自分のことを大切にするんだ、いいね?」


『マジちょろすぎン? てゆうかアタシなんもゆってないのに勝手にうろたえてカーワーイーイー』


『主さま? ちょっと盛り過ぎだったのではありませんか? 最初からこれほど大仰な物語を広げてしまうと後々整合性を取るのが大変になりそうですぞ?』


『ぶっちゃけ心配なぃょ。てゆうか少ししたら最初の頃のことなンて忘れちゃってンだからサ。ぶっちゃけアタシもよく忘れちゃって最初から読みなおすからわかるンだぁ』


『ならいいんですけどね…… 多少は覚えておいてくださいよ? ワアは覚えきれませんからな?』


 どうやら勇者を丸め込むことに成功したヴーケとランドのコンビは、このマイナト王国での生活をスタートさせたのだった。

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