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Name  作者: 武村 華音
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第5話






 香月さんと肩を並べて歩いていると、正面から見覚えのある人物があるいて来た。


「あらま、上原さん」

「あら、香月……と、和紗?」


 私が香月さんの隣にいる事が気に入らないらしく、お姉が顔を顰める。


「あんた達何してたの?」

「あぁ……バスケ」

「はぁ?」

「香月さんにバスケ教えてもらってた」


 私は素直に話した。

 嘘を吐くような事ではないからだ。


「和紗ちゃん、結構筋いいですよ」


 香月さんが私を名前呼びした事でお姉の額がぴくんと動く。


「いつの間に名前で呼び合うほど親しくなったのかしら?」

「だって上原さんは上司だし、妹君も同じ上原さんでしょ? 紛らわしいじゃないっすか」


 お姉の視線が私を射る。

 心臓が止まりそうなくらい鋭い眼。

 思わず足が1歩後退。


「上原さんはどこかお出掛けだったんですか?」

「……まぁね、ショッピングに」

「あ、そうなんですか。じゃ、俺等腹ごしらえに行くんで失礼しますねぇ」


 香月さんは私の背中を押してお姉の横を通り抜ける。

 一緒にどうですか? という誘う文句は並んでいなかった。


 振り返りはしないけれど、背中に感じる鋭い視線は間違いなくお姉のもの。


 家に帰ったら大変な事になってしまいそうだ。

 気が重くなるのは仕方がないだろう。

 食欲も減退だ。


「何ブルーになってんの?」

「いや、お姉の視線が痛くて……」

「あぁ……上原さんって視線だけで人の心臓止めそうだよね」

「ははは……」


 乾いた笑いしか出てこない……。

 冗談には聞こえないし、冗談とは受け止められない。


「時々、あの人の髪の毛が蛇に見える時あるし」

「お姉はメデューサですか」

「いやいや、そのくらいの威力ありまっせ」


 それは分かる気がする。


 しかし、私はそのメデューサの妹なのです。






 玄関を開けた瞬間見えたのはお姉姿。

 玄関に腕を組んで立っている。

 開けた玄関の扉を閉めたくなったがそれは許されそうもない。


「ただ……いま」

「ちょっと顔貸しな」


 その表情と口調で……これ以上ないほどに機嫌悪い事が分かる。


 私、何言われるんだろう……。


 階段を上ってお姉が自分の部屋のドアを開けた。

 入れという事だろう。


 私はおとなしくお姉の部屋に足を踏み入れた。

 背後で扉の閉まる音がする。


「あんた、香月と付き合ってんの?」

「は? 言ったっしょ、バスケを教わってるって」

「なんで香月なのよ?」


 お姉は私の横を通り過ぎて、部屋の奥にある椅子に腰を下ろた。

 腕と足を組んで見下すような眼で私を見ているお姉は嫉妬心を隠そうともしない。


「お姉、香月さんと付き合ってないんだね」

「な……」

「今、香月と付き合ってるの? って言ったじゃん。自分の彼氏だったらそうは言わないんじゃない?」

「……あんたに関係ないでしょ」

「なくはないよ。お姉に申し訳ないとか思っちゃってたし」

「一生思っときなさいよ」

「やだね」


 私はお姉を真っ直ぐに見て言い切った。


「香月さんは香月さんのものだし、私は私のものだ。お姉がどう言おうと私は私の思ったままに動く。お姉に指図されたくない」

「香月に惚れたとでも言うの?」

「そうだよ、悪い?」

「そんなに私に勝ちたいの?」

「は? お姉に勝つって何? 私は私でお姉じゃない。お姉になりたいと思った事なんかないし、寧ろなりたくないし似てると言われたくもない」


 私は変わりたい。

 似たくないところだけがお姉に似てしまった自分を。


「あんたは私の影でおとなしくしときゃいいのよ。今までみたいに」

「おとなしくしてたつもりはないよ、興味がないから関わらなかっただけで」

「偉そうに……和紗のくせに」


 和紗のくせに……。


 お姉は気に食わないといつも言う。


 自分の我儘が通らない時。

 私を傷付けたい時。

 私を見下したい時。


 溜まったストレスを発散させるように。

 自分の方が偉いのだと言うかのように。


 私の目の前にいるお姉が本当のお姉だ。

 外面よく繕ってはいるけれど、実際は―――――。


 平気で人を傷付ける。


 面倒な事は全部私に押し付けて。

 悪いのはいつも私だと言って。

 不出来な妹だと嘆く。

 そんな女なのだ、お姉は。


「話、それだけ?」


 私はジーンズのポケットに手を突っ込んでわざとらしく大きな溜め息を吐いた。

 お姉はそんな私の態度を見て更に怒りのボルテージを上げ、拳を握り締めて椅子から立ち上がる。


「和紗のくせに生意気よ!」

「私が私で何が悪い?! あんたどれだけ偉い気でいんだよ?!」


 私はポケットから取り出した手をお姉の部屋の扉に叩き付けた。


「自分の惚れた男が自分に惚れなかったからって癇癪起こしてんじゃねぇよ!」

「なんですってぇ?!」


 お姉が怒った歩調で私に近付き右手を振り上げる。


「和奏! 和紗! 何騒いでるの?!」


 廊下側から扉が開かれる。

 扉に体重を掛けていた私はバランスを崩して廊下に転がった。

 当然、扉を開けた母を巻き添えにして。


「和紗のくせに生意気なのよ!」

「私のくせに生意気って? 意味分かんないんだけど?」


 巻き添えにした母に手を差しのべ、軽く謝罪の言葉を述べながら引き起こす。


「さっきも言ったけど、私はお姉じゃないしお姉に憧れた事もない。当然なりたいとも思った事ない。お姉が私を見下して喜んでるのは知ってるし、それで満足なら勝手にやっときゃいいじゃん」

「人を馬鹿にすんのもいい加減にしなさいよ! 和紗のくせに!」


 お姉が私の胸倉に手を掛けた瞬間、乾いた音が廊下に響いた。


 私は熱を感じる頬を手で押さえた。

 見ればお姉も同じように頬を押さえている。


「いい加減にしなさい!」


 怒鳴ったのは私とお姉の間にいた母だった。


「何なの?! こんな時間に大きな声で貶しあって!」


 腰に手を当て私達を見上げる母の表情は怒りよりも困惑の色が濃い。


 私達が喧嘩をするのは珍しい。

 お姉が私を見下す事で満足しているので、いつだって私が口ごたえしなければそこで終わるのだ。

 母がそれを見て見ぬ振りしていたのも知っている。


 今日の喧嘩だって、いつものように放っておいてくれればいいのに。

 どうして今日に限って……。


「母さん! どうして私をぶつのよ?! 悪いのは和紗じゃない!」

「和奏、貴女はもう大人でしょう? いつまでも子供みたいな事言わないの。みっともないわよ」


 母は溜め息混じりにお姉を見上げた。

 まさか、母にそのような事を言われるとは思っていなかったのだろう。

 お姉は驚いて目を見開いている。


「み……みっともないって、何よ?! 私の何がみっともないって言うの?! みっともないのは和紗じゃない! 口汚くて女らしさと無縁で馬鹿で運動音痴で気も利かなくて無駄にプライドばっか高くて屁理屈ばっかりじゃないっ! それがみっともなくなくて何なの?!」


 お姉の言葉を聞いて、今更だが自分がかなり嫌われている事を思い知らされる。

 1つや2つじゃない、お姉の口から用意されていたかのように飛び出した私の欠点の数々。


「妹を馬鹿にするのは自分を馬鹿にすることと同じなのよ? いつも和紗を貶してて虚しくならない?」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いのよ?! 和紗のくせに私に逆らおうなんて考える方がおかしいのよ!」


 母はお姉との噛み合わない会話を諦め、私に顔を向ける。


「和紗、何があったの?」


 私は困惑する母と怒り狂うお姉を見比べるようにして大きく息を吐き出した。


「お姉は気に入らないんだよ、自分の好きな男が私と一緒だった事が」

「は?」

「最近、バスケ教えてくれる人がいるんだ。その人、お姉の会社の部下でお姉の好きな人らしいんだよね」


 私は熱を持った頬を擦りながら階段の手摺に身体を預けた。


「自分の好きな人が私なんかと一緒だった事も気に入らないし、自分が知らないところで仲良くなった事も気に入らなかったみたい」

「彼氏だって言ったのに隠れて会ってるのがいやらしいって言ってんのよ!」

「実際、彼氏でも何でもなかったじゃん。私や香月さんがいつ誰と会うとか一々お姉に許可や報告が必要なわけ? 姉ってだけじゃん、上司ってだけじゃん。それともお姉は上司ってのを盾にして香月さんのプライベートな時間まで管理する気? そんな醜い女? だったらこれから事細かに報告してやるよ。それで満足?」


 醜い女という言葉にお姉が激しく反応している。


「和紗のくせにっ! ちょっと香月と仲良くなったからって私に勝ったとか思ってんじゃないわよ!」

「悪いけど、お姉に負けてるなんて思った事ないから」


 勝負などしていないのだから、勝つも負けるもない。


 対抗意識を燃やしていたのはいつもお姉。

 彼女は、成績表・出身校・徒競争の順位・近所や先生の評判・両親に褒められる回数、どんなに小さな事でも私になど負けたくなかったのだ。


 周囲が私を嗤うのを心底楽しそうに見ているような……そんな最低な女なのだ。

 そして私は、そんな最低な女の最低な妹なのだ。




 ご覧頂きありがとうございます。


 次回更新 6月20日 の予定です。

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