第1話
「だから、和紗お願いっ!」
毎度の事とはいえ正直うんざりだ。
「そんな男さっさと別れろっつぅの」
「今後も付き合うかどうかは別にして、誤解されたまま別れるなんて嫌っ! 私が悪者になっちゃうじゃない。だから付き合って」
「私は悪くない、苦情言うならうちの両親に言え」
「ココまで来たんだから諦めて説明してよっ」
私がこうして半ば強制的に連行されるのは今に始まった事ではない。
全ては私の名前が原因である。
上原 和紗、高校2年。
性別、女。
何故か男と間違えられる事が多い。
勿論、名前が。
「お待たせ~」
駅の傍の喫茶店で待ち合わせをしていた美優とその彼氏。
「遅っせぇよ!」
短気そうな男が私達を睨む。
「大体さぁ、俺はお前の電話の相手のカズサってのを連れて来いって言ったんだぞ」
「だから連れて来たんじゃない」
「お前、俺をからかってんのか?」
あぁ鬱陶しい……。
勝手に男と間違ったくせに何キレてんの?
馬っ鹿じゃないの?
「あのさ、あんたも何しに来たの? いくらこいつに頼まれても断るとか出来ないわけ?」
私の中でプツンと何かがキレた。
「このクソ野郎が……」
「和沙、駄目だよキレちゃ……店の中だし、ね?」
美優の声は聞こえていたが、私はむかつく男の顔面に生徒手帳を叩き付けた。
バチンといい音が響く。
周囲にいた客も振り返る。
「ってぇな! 何しやがんだ?!」
「てめぇが呼んだから来てやったんだろうがボケ。こっちだって予定があんだよ、貴重な時間を割いて来てやったんだから感謝しな」
座ったままの男が私の顔を見上げ、膝の上に落ちた生徒手帳を拾い上げた。
「上原……和紗?」
驚いた顔をして再び私の顔を見上げる。
「呼んだのはてめぇだろ、ボケが。用が済んだなら帰らせてもらう。美優、もう少し男を見る目を養え」
私は男の手から生徒の手帳を抜き取って店の出口へと向かう。
まったく……迷惑この上ない。
私がレジの前に差し掛かった頃、店の扉が開き男性が2人入って来た。
「留美ちゃん、お待たせ」
「15分の遅刻」
「だからごめんってば、コイツ連れて来るのに手間取って……」
「誰が友達連れて来いなんて言ったのよ?」
聞き慣れた台詞に思わず足が止まる。
「私は香月って子に会わせてって言ったのよ?」
「だから、コイツが香月なんだって」
仲間がいたのか……。
私はその男をじっと見つめていた。
不細工ではない、ノンフレームの眼鏡を掛けたその男は面倒臭そうに女の前に立つと、カードのようなものを差し出した。
「香月 蒼……? え? 男?」
「だから言っただろ?」
もう1人の男がほっとしたように彼女の隣に腰を下ろす。
香月という男は、彼女の手からカードを取り上げるとケースに仕舞った。
「悪かったな、香月」
「お前も付き合う女考えろよ」
そう言った男はこちらに振り返り、顔を顰めた。
「何?」
じっと見ていたのがバレたのだろうか?
私は視線を逸らして店の扉に手を掛けた。
「和紗、私も帰る!」
美優が私の腕を掴む。
「そこの馬鹿野郎とデートだろ? 私の事は気にすんな」
「もういいよ」
「別れたくないから付き合えって言ったのはお前だろうが」
「誤解されたまま別れるのが嫌だって言ったのよ。それに、知ってると思うけど野蛮な男は嫌いなの」
「野蛮な女は好きなのか?」
私は苦笑した。
自分の言葉遣いや行動が女性らしいなどと思ったことはない。
家でも学校でも気を抜けば胡坐をかいている私が女らしいはずもない。
「和紗は好きよ? じゃなきゃ10年も付き合わないわよ」
「だな」
「どうでもいいけど、そこどいてくれない? 外に出たいんだけど」
私と美優は慌てて扉を開けて外に出た。
「あんたも俺と同じってわけか?」
香月という男が微笑んだ。
何が同じなのかと問い返す必要などない。
「ありがたくないけど、そうみたいですね」
美優は不思議そうに私と香月という男を交互に見つめていた。
「名前は?」
「今、聞いたんじゃないですか?」
聞いたから同じだって言ったんだろうが。
「和紗……もしかして私、邪魔?」
「邪魔も何も……初対面だぞ?」
美優は私の背中をポンポンと叩きながらその場を去って行った。
毎度の事ながら勝手な女である。
無理やり連れて来たかと思えば用が済んだら放置して帰りやがった。
「で? お嬢さんお暇?」
「は?」
それが私と奴の出会いだった。
ご覧頂きありがとうございます。
一年ほどぶりの投稿になりますが、完結まで頑張ります。
次回更新予定……ごめんなさい、まだ未定です。