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1-8

 ナイジェルに連絡するために病室を出たついでに、病院内の売店で三人分の飲み物を買う。戻る途中、廊下の反対側から袋を下げたナイジェルがやって来た。


「よう、ジェイド! ほれ、頼まれてたもの、買ってきたぞ」

「悪いナイジェル。助かった」


 少女の病室へ向かいながら、簡単に事の経緯を説明すると、ナイジェルはニヤニヤと相好を崩した。


「へええ~、ふうう~ん、ほおお~」

「何だ」


「どういう風の吹きまわしだ、ジェイド? 他人にそこまで親切でもないお前が、たまたま倒れていたところを見つけただけの女の子に、そんなに同情するなんざ」


「別に。一文無しだというから、俺が代わりに払うと言っただけだ。あの様子だと金がないなら出ていけとか言い出しかねないからな。普通は腹が立つだろう?」


「ほほほう」


 ナイジェルは揶揄うように目を三日月形に細める。


「だから、何だよ?」

「お前、あの子にひと目惚れしちゃったんじゃねえの?」


「お前と一緒にするな。彼女はどう見ても十六かそこらだぞ。未成年に惚れるわけがないだろう。犯罪だ」


「十六なんて、あと二年も待てば成人だろ? それまで我慢すれば何も問題ないじゃねえか。七歳の年の差くらい、愛があれば大丈夫だって」


「だから、そんなんじゃないって言っているだろう。それに、警邏隊(けいらたい)に保護されればもう会うこともない」


「冷てえなあ。記憶が戻るまで修道院に会いに行ってやったらどうだ?」


「せっせと通って来る男がいるなんて、彼女の醜聞になるだろう。記憶が戻れば元の生活に戻れるんだ。俺のお節介は必要ない」


「ジェイドが興味ないなら、俺がアタックしようかな。しっかし、記憶ってそんなにすぐに戻るものなのかねえ」


「……分からない。一生戻らないかもしれないと言われた」


 人をその人たらしめるのは、過去に培ってきた経験や記憶なのだという。自分が何者で、どんな風にここまで歩んできたのか、その一切が分からないという状態はジェイドたちが想像するより、ずっと不安で恐ろしいことなのではないだろうか。


「それは……可哀そうだよなあ」

「ああ……」


 少女の境遇に同情はするが、赤の他人であるジェイドが彼女にしてやれることは、入院費用を肩代わりしてやるくらいで、そう多くはない。それに、見ず知らずの男に色々世話をやかれても、彼女も困るのではないだろうか。


 人によって感じ方は様々だろうが、少なくともジェイドが彼女と同じ状況に置かれた場合、知らない女にあれこれしてもらっても警戒するし、借りができたようで重く感じるだろう。だからこそ、あまり踏み込まないようにしたいのだ。


(あの鎖骨の下のフリージアの刺青が何処の風習かくらいは、調べてみてもいいだろう)


 病室に着くなり、ナイジェルは意気揚々とドアを開けた。


「お~っす、可愛い子ちゃん! 元気になったか!?」


 彼が妙に親し気に声をかけたからか、少女は面食らったように口をポカンと開いた。


「あなた、わたし、知る?」


「くっ……何この可愛いの!? この前も可愛いと思ったけど、明るいところで見るとヤバいくらいに可愛いな! しかも片言が庇護欲をそそる!!」


 小首を傾げた少女に、ナイジェルは胸元を握りしめて悶絶した。


「やめろ、気色悪い。心の声がだだ洩れだ」


 少女は戸惑いの表情を浮かべ、ちらりとジェイドに視線を向けてきた。


「こいつはナイジェルだ。あんたを発見した時俺と一緒にいたんだが、こいつがおかしいのはいつものことだから、気にしなくていい」


「おいおい、酷ぇ言いぐさだな。ごめんな、可愛い子ちゃん。俺もきみのことは知らねえんだわ。でも、これ買ってきたから、元気出してくれ」


 ナイジェルが袋から取り出して広げたワンピースを見るなり、少女は花が綻ぶように笑った。


「ウツクしい!」


 ベッドから立ち上がって、嬉しそうに自分の身体にワンピースを当てる姿を見て、ジェイドは口の端を緩めた。記憶を失くしたとはいえ、年相応の感性は残っているようだ。


「へへっ、気に入ってくれたようで良かったぜ。なあ、きみは自分の名前を覚えてないんだよな?」


「覚える、ない」


「そっか。でもいつまでも『あんた』とか『可愛い子ちゃん』じゃなあ。俺たちで呼び名を決めてもいいか?」


「おい」


 声を上げて咎めたジェイドを、ナイジェルは片眉を上げながら振り返る。


「いいじゃねえか。これも何かの縁だし、仲良くなりてえじゃねえか」


 呼び名をつけることは先ほどジェイドも考えたことだが、それをナイジェルから提案されると下心が透けて見えるせいか、妙に癪に障る。


「名前、いいよ」

「ほれ! 彼女もいいって言ってるだろ」

「……勝手にしろ」


 本人がいいというのなら、赤の他人でしかないジェイドがとやかく言うことではない。

 ナイジェルは顎に手を当てて、思案しだした。


「う~ん、ロザンナ、アンジェラ、リリア……」

「おい。全員お前が尻を追いかけまわしている女の名前じゃないか。やめろ」

「え~? 全員可愛い女の子だぜ? だったら、ジェイドは何がいいと思うんだよ?」

「何故俺に訊く」

「文句言うやつが提案するのが筋ってもんだろ」


 正論を言われて、ジェイドは押し黙った。そんな彼にナイジェルは肩を竦めると、再び他の女たちの名前を呟きだした。


「――フリージア」

中途半端なところですが、長くなるので分割します。次回へ続きます。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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