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1-6

ジェイド視点です。

 傭兵ギルドの駐車場で少女を発見した二日後、ジェイドは病院の一室で医師と向かい合って座っていた。


「記憶がない……?」


 ジェイドは顔を強張らせながら、医師からもたらされた言葉を繰り返した。


「ええ、その通りです」


 白衣に身を包んだ医師は若い男で、銀縁眼鏡を指で押し上げながら頷いた。ぴっちり梳かした茶色の短髪といい、その外見には神経質さが滲み出ている。


 医師によると、少女は今朝目を覚ましたのだが、自分が何処から来たのかはおろか、名前すら思い出せないのだという。色々と検査はしてみたものの、脳に異常はみられないと、医師は言った。

 ということは、何か精神的に大きなダメージを負って、自ら記憶を封じてしまった可能性が高い。そうなると、いつ思い出すのかは医師にも分からないという。


「一時間後には思い出すかもしれないし、一生思い出せないかもしれない。こればっかりは、我々にも予測がつきません。そういうわけで、彼女をお連れになったあなたにご連絡を差し上げた訳なのですよ。彼女を発見した時、何か彼女の身元が分かるような物が落ちていませんでしたか?」


「いや、特に何も落ちていなかったと思う」


 医師は「そうですか」と溜息を吐いた。言外に頭の痛い問題だと訴えたいのか、眉間をグリグリと揉んでいる。


「――これから、彼女はどうなるんだ?」


「検査を終えて異常がないと分かった時点で、警邏隊には連絡を入れてあります。様子を見るためにあと二日ほど入院してもらいますので、三日後に迎えに来るでしょう。警邏隊で事情を聴いて、行方不明者の捜索願がでていないかなど調べるでしょうが、その後は修道院に預けられるかと」


「そうか……」

「――それにしても、困りましたね。一文無しとは」


 心底うんざりしたような彼の表情に、ジェイドは顔を顰めた。


 少女は奇妙な衣服を身に纏っていただけで、所持品は一切なかった。家族や友人も思い出せない今、このまま入院させ続けても治療費や入院代を回収できる見込みがない。明らかに病院にとっては厄介者だろう。病院だって慈善事業を行っているわけではないのだ。利益が出ないどころか損になるようなことを進んで引き受けないとは理解していても、医師の態度は無性にジェイドの癇に障った。


「心配しなくても、今回の治療費と入院費は俺が払う」

「いいのですか? たまたま救出しただけの、どこの誰ともわからない女性なんですよ?」


 ジェイドはそれには答えずに椅子から立ち上がり、肩越しに医師を睥睨してから部屋を出た。

 足音荒く廊下を進み、少女が入院している部屋の前で立ち止まった。


(クソッ、俺は一体、何でこんなにイライラしてるんだ)


 ジェイドには血のつながった家族がおらず、十二歳までは孤児院で育った。成人してからも出自を理由に見下されることはしょっちゅうで、身元不明の少女の姿を自分と重ねて憤っているのかもしれない。


 あの夜の彼女の怯えた顔が脳裏に蘇り、クシャリと髪をかき上げる。


 顔を見ただけであの反応だったのだ。今のように殺気立った状態で部屋に入ったら、余計に怖がらせてしまうかもしれない。

 暫く部屋のドアを睨んでいたが、深呼吸を繰り返して気を鎮めてからドアを軽くノックした。


「はいはーい」


 中から声がしたと同時にドアが開き、四十代くらいの女性の看護師が姿を現した。ジェイドを見るなり、好奇心の強そうな茶色い瞳を瞠った。


「あらあ! お兄さん、彼女のお迎えに来たの?」

「いや、」

「良かったわねえ! しかも結構素敵な人よ!」


 看護師はジェイドを遮り、笑顔を湛えて振り返る。ベッドの上には上半身を起こし、白い布団を腹までかけた少女の姿があった。


 少女はきょとんとジェイドを見ているが、その顔にあの時のような怯えは見られない。


「彼女が着ていたこの衣装なんですけどねえ、かなり汚れているし、着替えを用意したほうがいいと思うんですよ。もしよければ、どこかで買ってきてあげてくれないかしら?」


 看護師はずかずかとベッドに近づくと、ベッド脇のナイトスタンドに畳んで置いてあったクリーム色の布を持ち上げる。


「あ、ああ」


 何となく、訂正する機会を逃してしまい、口ごもる。


「良かったわねえ、着替え買ってきてくれるって。あなた、自分の服のサイズは分かる?」

「フク、サイズ?」


 少女は片言で繰り返し、こてりと首を傾げた。赤っぽい金のストロベリーブロンドの髪がさらりと肩を流れる。


「そうよ、お洋服の、サイズ。分かる? 大陸共通語は理解できるかしら?」


 看護師は自分の着ている制服を摘まんで見せる。少女の水色の瞳がパッと輝いた。


「あ~! はい、わかるする」


 片言なうえに独特な訛りがあるので、もしかしたら彼女は外国人なのかもしれない。

 少女の柔らかそうな頬は昨晩に比べて大分血色がいい。ジェイドは胸をなでおろした。


「じゃあお兄さん。わたしはこれで退室するけれど、何か異常があったらすぐそこの魔道具で知らせてちょうだいね~。お大事になさってください」


 看護師はてきぱきと指示をすると、部屋を出ていってしまった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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