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通常であれば、国のほぼ中央に位置する首都メロリから東部へ移動する際は旅程を短縮すべく、できる限り転移陣を使うことにしている。しかし、今回は道中で魔獣を討伐する目的もあるため、転移陣で東部と中央部の境目にある町ブリシェットまで移動し、その後はレンタルした魔動車で移動することにした。
ブリシェットは切り立った山々を望む中規模都市で、帝国時代から風光明媚なリゾート地として有名だった。冬から春にかけては雪遊びに来た観光客で賑わい、街のあちこちに観光客向けのカフェや土産ものを売る店がある。
三人は転移陣の設置してある施設を出てすぐに魔動車をレンタルし、傭兵ギルドのブリシェット支部へ向かった。そこでトマスの言っていたコルメ村の討伐依頼と、ブリシェットとコルメの中間地点にあるロッケンメイアー国立公園内の魔物の討伐依頼を受注して街を出発した。
ブリシェットから国道を通って郊外へ抜けていくにつれ、民家がまばらになっていく。数時間も走った頃、ついに薄く雪化粧した山道に入った。岩肌はゴツゴツしており、ベージュに赤土を混ぜたような色をしている。
フリージアは頬を上気させながら車窓から見える景色に見入っていた。時折松の木の陰に鹿などを見つけては嬉しそうに声を上げる様子が微笑ましい。
途中で観光客向けの食堂で昼食を食べて、ひたすら魔動車を走らせることしばらく。
「ほら見てごらん、フリージアちゃん! ここからが有名なロッケンメイアー国立公園だよ! ここら辺は火山地帯で、めちゃくちゃ熱い温泉湖があるんだ。一定の時間になると噴水みたいにお湯が噴き出す間欠泉もあるんだよ!」
「温泉の噴水!? すごい! お風呂入れる!?」
「ははっ。物凄い熱いお湯だから、入浴は無理だなあ」
ナイジェルとフリージアは公園の入口ゲートでもらったパンフレットを片手に、キャッキャウフフとはしゃいでいる。
ロッケンメイアー国立公園は広大な敷地に多くの野生の動植物が生息していて、その中には魔獣や魔物も含まれている。
管理しているのはブリシェット地域に古くから住んでいるブリシェン族で、神々が創りたまいし自然に人間の手を加えてはならないという宗教的な信条から、動物の間で伝染病が流行しようが自然の成り行きを見守るという方針を貫いている、国内でも特殊な公園だ。落雷などで発生した自然の山火事も放置し、自然治癒に任せるという徹底ぶりで、開発も最小限に抑えられている。
ナイジェルと交代で魔動車を運転していたジェイドは、バイソンの群れが車道を横断するのを待つ間、傭兵ギルドで受注した依頼の説明をすることにした。
「ロッケンメイアー国立公園のロッジ付近で、最近魔物がうろついて人間を襲う事件が相次いでいるらしい。Cランク以上への依頼だから、難易度としては低めだな」
「瘴気を集めて魔物化した物か何かか? 魔蟲や魔鳥だったらブリシェン族は魔獣と同じように放置するもんな」
「魔物と魔獣、違う?」
バックミラー越しにフリージアがこてりと首を傾げたのが見えた。
「ああ、違う。魔獣はその名の通り、魔力を持っている獣のことだ」
魔獣は総じて普通の獣や動物より体格が大きく頑丈で、魔法で攻撃したり、魔力で身体強化をしたりするので厄介だ。
「魔物は獣の姿をしていない魔力持ちの総称だ」
これには鳥類や昆虫、魚など「獣」と呼べないものや、強烈な思念が瘴気を取り込み、怨霊のように可視化したものなども含まれる。
「人間も魔物?」
「いや、生きている人間は魔物に含まれない。俺たちみたいに、魔力を持った人間は『魔力持ち』と呼ばれる」
魔獣も魔物も共通して気性が荒く縄張り意識も強いため、よく人里を襲ったりする。魔力を持たない普通の人間では太刀打ちできない場合がほとんどで、これが傭兵ギルドに討伐依頼がくる所以だった。
「目撃情報によると、白骨化した狼を取り込んだ『屍喰らい』らしい」
「カーダヴェル?」
「動物や人間の死骸を取り込んで操る魔物だな。瘴気を糧にしているので、瘴気の濃い場所に多く生息している」
カーダヴェルは自然豊かな地域に生息している魔物だ。粘度の強い黒い液体のような見た目をしていて、単体であれば地上を這いずり回っているだけの、特に害のない魔物だが、取り込む死骸によって危険度が変わる。今回は狼の骨なので、鋭い牙が凶器となり、生きている狼より厄介だろう。
ジェイドとナイジェルも何回か人間の遺体を取り込んだカーダヴェルを討伐したことがあるが、腐った肉体を引きずり、奇声を発しながら人間や家畜に襲いかかる様はおぞましいの一言に尽きる。
現代では「動き回る骸=カーダヴェル」というのは誰でも知っていることだが、古の時代には死んでも死にきれないような強い怨念を持った者が生き返り、復讐しにやってくるのだと信じられていた。丁重に埋葬されずに放置されるような不幸な境遇の人間がカーダヴェルに取り込まれるため、妙に説得力があったのだろう。
フリージアが後部座席で息を呑むのが聞こえた。
ジェイドが肩越しに振り返ると、彼女は青ざめた顔で唇を噛んでいる。過去に死んだ記憶がある分、もしかしたら自分もカーダヴェルに操られている死体かもしれないと考えたのだろう。
「カーダヴェルに取り込まれても、本当に動き回るだけの骸になるにすぎない。理性も知性もなく、肉体も生き返ったわけではないから、腐敗がどんどん進んで強烈な臭いがするから、すぐにわかる。フリージアは違うと断言できる」
ジェイドの言葉に、フリージアは目に見えて安堵した。
「本当? それじゃあ、そのかーだべるが集まってくる瘴気っていうのは、ケイオス様の魔力が籠ったものと同じかもしれない?」
「少量の瘴気であれば、自然界にも漂っているものだ。瘴気の全てがフリージアを襲ったものと関りがあるわけではないが、そうでないとも言い切れない」
「だからこそ、見極めるつもりで依頼を受けたんだな」
助手席のナイジェルが得心がいったというように何度も頷く。
「ついでにロッケンメイアー観光もできるしな。今回はロッジに宿泊しよう!」
「ロッケンメイアー国立公園の中では、魔獣を含めた野生の動植物、昆虫などの生態系を壊す行為は禁止されているから注意が必要だ。見かけても絶対に近づいたり触ったりするなよ?」
「はいはい、分かってるってぇ」
「餌やりも、もちろん禁止されているからな」
ようやくバイソンの群れが通り過ぎたので、ジェイドは観光用に整備されたエリアへ向かって車を走らせた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。