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剣の神子と花の乙女 ~魂の旅路の果てで、再び君に出逢えたら~  作者: 柏井清音
3.  フリージアの花の乙女【フリージア視点】
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3-9

 その日から徐々に花の乙女の業務を実習を通して覚えていったのだが、リディアの悪い予感は見事的中し、ことあるごとにリコリスとローズたちは反発しあった。


 ローズは気位が高すぎるせいか、わたしたち平民出身の乙女が自分より上手く実務をこなしたり、自分より高く評価されることがとにかく気に入らないらしかった。

 特に反応が顕著だったのが、花の乙女として最も大切な役目について実習を受けた時だった。


 引継ぎが始まって初めての太陽の日、世間では一週間のうち唯一の休息日とされているが、わたしたち花の乙女に休みはなく、むしろ特に重要な日だ。

 護衛に囲まれながら普段生活している剣の館から出て本殿へ向かい、隠し通路を通って導かれた場所は、要石の間だった。ここに近づけるのは剣の神子と現役の花の乙女だけだというが、引継ぎの間だけはリディアも特別な許可を得て入室している。


 要石の間は灰色の石壁に囲まれた小ぢんまりとした部屋で、壁と同じ石材を敷き詰めた床の中央部分に青白く発光する魔法陣が描かれている。その魔法陣の真中に一抱え程の大きさの青黒い魔石が浮いていた。これが国土を覆う結界を張っている要石だ。


「皆さんも知っているとは思いますが、我がベロアージュ神聖国の国土は、初代剣の神子様が施された結界ですっぽりと覆われています」


 この結界により、外部から魔力を持つ人間や魔物などの侵入を拒んでいる。制限対象には魔力の籠められた魔石も含まれるため、他国からベロアージュに侵攻してこようと企む者はこの結界がある限り、魔法以外の武力以外は使用できないということだ。結界の中にいる魔力持ちは制限の対象にならないため、ベロアージュ軍は敵に対して魔力と武力の両方で攻撃できる。


「太陽の日の午後、日が最も高い位置にある時間に花の乙女は必ず全員揃ってこの要石の間を訪れ、要石に魔力を供給してください。では、まずローズから」


 リディアに促されたローズは若干緊張した面持ちで静々と歩み出て、要石に触れた。彼女が魔力を流すと、要石はぼんやりと青白く光った。床に描かれた魔法陣の放つ光とと同じ色合いだ。ローズは魔力を供給し終わると魔法陣の外側に誘導された。


 リリー、マーガレット、リコリスと順番に魔力を流していく。触れる人によって要石が放つ光の強弱に若干の差があるようだ。


「では、最後にフリージアですね。フリージアが魔力を供給し終えたら、全員で魔法陣を囲んで祈祷を行います」


 リディアに促されて、わたしは要石に近づいた。緊張で口の中が乾いて仕方ない。


(きちんとできるかしら。ええい、ままよ!)


 思い切って手を伸ばし、要石に触れた。表面はごつごつしているが滑らかでひんやりした感触がする。

 気持ちを落ち着けるために深呼吸し、グッと腹に力を込めて魔力を流した時だった。

 魔石が眩いばかりにカッと発光したではないか。


「きゃっ……!」


 思わず手を離しそうになったところで、リディアの硬い声が鼓膜を揺すった。


「ダメよ! 手を離さないで、そのまま光が収まるまで魔力を注ぎなさい!」

「は、はいっ!」


 わたしは仕方なしにギュッとめを瞑って顔を背け、掌から魔力を流し続けた。

 しばらくすると瞼裏まで照らしていた光が薄れ、わたしはそっと目を開けた。青黒かった要石は透き通るような深い青色に変わっていた。まるで巨大な宝石が宙に浮いているようだ。


「よくがんばりました、フリージア。あなたはかなり魔力の質が高いのですね。こんなに要石が輝くのを見たことがないわ」


 リディアはわたしを魔法陣の外へ誘導しながら、感じ入ったように嘆息した。


「そうなのでしょうか?」

「ええ。花の乙女の選出の儀式でも、水盆がかなり輝いたと聞いています。神官たちの間ではすごい逸材だと話題になっていたのですよ。さあ、そこに跪いて」


 誰からもそんな報告を受けていなかったので面食らったが、褒められて悪い気はしない。何だかくすぐったい気持ちになっていると、視界の端に邪悪な魔物のような形相でこっちを睨んでいるローズが映った。

 わたしはあわてて視線を逸らし、リディアに指示された通りに床に跪いた。


「それでは、全員礼拝の姿勢をとって、わたしの言うことを復唱するように」


 わたしは両膝を床に突き、胸の前で両手を交差させて首を垂れた。


「全知全能の神スベルニルムよ、我ここに願い奉る。悪しきものを退け、神聖なるこの地に加護を与え給え。御身に宿り給いし御力を、我らの手に与え給わんことを望み奉る」


 わたしたちが一斉にリディアの祈祷を復唱すると、宙に浮いていた要石がぐるぐると回転しだした。始めはゆっくりだったが、次第に速度が上がっていく。目にも留まらぬ速さになった頃、要石から青白い光が放射線状に放たれ、要石の間を包んでいった。


 余りの眩しさに咄嗟に腕で目を庇う。あちこちから小さな悲鳴が聞こえるので、他の乙女たちも光の強さに驚いたのだろう。


「――これで要石へ魔力を供給する儀式は終了です。全員お立ちなさい」


 リディアの声に腕を下ろす。そろそろと瞼を持ち上げると、要石は元の青黒い魔石に戻っていた。今は回転せず、静かに宙に浮いた状態である。

 リディアは呆然としているわたしたちを神妙な面持ちで見渡した。


「必ず毎週太陽の日にこの儀式を行うこと。これを怠れば、たちまちこの国は危険に晒されます。その責任の重さをしっかりと自覚し、役目を全うしなさい」


 リディアの言葉はずしりと胸に圧しかかった。


 彼女の言う通り、これは国の命運を左右しかねない重要な役割だ。いつも平民が、貴族出身がといがみ合っているわたしたちだけれど、要石の間では乙女たち全員の協力が必須になる。不協和音は許されない。


(どうしたら皆仲良くなれるのかしら……。一緒に美味しいものでも食べたみたら、ギスギスした雰囲気も良くなるかもしれないわ)


 わたしは悶々と考え込みながら要石の間を後にした。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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