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2-14

フリージア視点です。

 神々しい女神の像を前にした時、少しの畏怖と圧倒的な歓喜、懐かしさが胸に去来し、気付けばフリージアは跪いていた。――まるで、それが身に沁みついた習慣であるかのように。


 古の花の乙女のものに酷似した刺青がこの身に刻まれていることといい、もはや疑いようがない。自分は、ベロアージュに縁がある者なのだろう。

 未だに思い出せない過去が一足飛びに近づいたようで恐ろしくもあるが、それより早く自分の過去に辿り着きたいという強い気持ちの方が勝った。


 ジェイドとナイジェルは、予想外の行動に出たフリージアを気味悪がることもなく、優しい言葉で安心させてくれた。そんな彼らの好意に報いるためにも、絶対に記憶を取り戻してみせる。


 ナイジェルが事前に調べておいてくれたレストランは大層人気のある店で、帝国時代にメロリに伝わった平たい麵を使ったテーレという料理が有名だった。


 フリージアが食べたのは燻製にした魚、茸などを使ったクリームソースがかけられたテーレで、魚の塩気と茸の旨味が凝縮されたソースが麺とよく絡み、頬が落ちるのではないかと思うくらいに美味しかった。


 ジェイドとナイジェルはたっぷりのひき肉と野菜をワインで煮たソースをかけたテーレを選んだ。かなりガッツリとしていてボリュームのあるものだったが、若い男性の胃には丁度良かったらしい。店の雰囲気も落ち着いており、三人とも大満足で食事を終えることができた。


 今回はジェイドもリラックスした様子で食事ができたようで、フリージアは内心ホッとしていた。以前五番街に連れて行ってもらった時には可愛らしさ全開のカップケーキ店に入ってしまい、ジェイドはあまり楽しめなかったようだったのを申し訳なく思っていたのだ。 


 その後カフェに立ち寄ってゆっくりとお茶を飲んでから、三人は博物館と同じ敷地にある庭園に向かい、散歩がてら国立博物館として活用されている離宮を目指した。

 まだ寒い時期だが、手入れのゆき届いた豪奢な庭園には冬に見ごろを迎える花々があちこちに植えられており、見る者の目を楽しませる。


「あそこにスイセンが咲いてるよ、フリージアちゃん」

「スイセン? きれい!」


「ふふっ、君の方が綺麗だよ♡ なんつって。……おいジェイド、ゴミを見るような目で俺を見るなよな」


 寒さが和らいだこの日、ベンチに腰かけてまったりと日差しを満喫する老夫婦、好奇心に瞳を輝かせながら花の観察をする幼い女の子と、それを微笑まし気に見守る母親、仕事の休憩中と思わしき男性など、庭園にはたくさんの人々がいる。


 庭園の中央部には大きな噴水があった。噴水の真中には緩やかな曲線を描く髪に精悍な顔つきの若い男性の像が設置されていて、足下の台座からは四方に向かって水が吹き出していた。


「この像は帝国時代に一番偉いとされていた、太陽の神アメンデラスだよ。太陽神が一番偉い宗教はアメンド教っていうんだ」


 ナイジェルは簡単な単語を用いて説明してくれた。帝国に支配されていた影響で、フゼンメールでは現在もアメンド教を信仰している者が多く、特に首都であるメロリにおいて顕著であるという。メロリから地方に移動するにつれ、他教徒の割合が増えていくのだとか。


 その土地によって、宗教も色々あるのだなと感心していた時だった。


「きゃああああ!!」


 絹を裂くような悲鳴が聞こえ、三人は噴水のそばで立ち止まった。

 一瞬にして空気が張りつめる中、声のした方を振り向く。


「なっ……!?」


 人の腰ほどの高さに整えられた生垣の近くに、巨大な犬のような獣が立っていた。――いや、獣と呼ぶにはあまりにも禍々しい、化け物。


 成人男性三人分はあろうかという体躯は脂ぎった濃い灰色の毛で覆われ、頑丈そうな頭にはぴんと立った耳が生えている。顔には血のように赤い目が六つある。耳の近くまで裂けた口には鋭利な歯がびっしりと並び、その隙間から長い舌がだらりと垂れ下がっていた。


「ひいいいっ、ま、魔獣!」


 小さな子供を抱え込んだ母親が、魔獣に背を向ける形で地面に座り込んでいた。どうやら腰を抜かしてしまったらしい。叫びながら何とか立ち上がろうとしているようだが、膝に力が入らないようだ。


 愕然とするフリージアの隣でジェイドが息を呑んだ。


「あれは、カネム!?」

「おいおい! なんだって魔獣がこんな所に」


 ジェイドはカネムに向かって走り出した。その刹那、生垣やベンチ、様々なものの影から四頭の魔獣が躍り出る。


「うわああああ! まっ、魔獣だあ!」

「いやあ! たすけてえ!」

「逃げろ! 喰われるぞ!!」


 庭園はたちまち逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の巷と化した。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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