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剣の神子と花の乙女 ~魂の旅路の果てで、再び君に出逢えたら~  作者: 柏井猫好
2. 異形の影

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2-5

フリージア視点です。

『酷い顔……』


 フリージアはトイレの鏡に映った自分に溜息を吐いた。目は赤く腫れあがり、頬は涙と鼻水で凄いことになっている。

 水で洗顔し、持ってきていた自分のハンカチで拭く。ジェイドに貸してもらったハンカチは既に涙と鼻水でびしょびしょになっている。これは洗濯して返すより、新しいものを贈った方がいいかもしれない。


 ジェイドがベロアージュで信仰されていた最高神スベルニルムの名前を読みあげた時、初めて聞く名前だったにも拘らず、すんなりと復唱できた。胸の奥から泉のように湧き出た寂寥感に圧倒され、眦に涙が浮かんだ。


 ――どうしてあんなに感情を揺さぶられたのか、自分でも分からない。


 壁画の写真を見た時、自分が身に纏っていたという衣服との共通点に愕然とした。ベロアージュ神聖国が三百年以上前に滅亡した国であるというのなら、自分は一体、どんな理由でその当時を模した衣服に身を包んでいたというのだろうか。脳をフル稼働させて考え込んでも、何も思い浮かばない。そんな自分に対する失望と、思い出せないことへの焦りで涙が止まらなくなった。


 ――『焦って思い出せるわけじゃないだろう? 大丈夫だ。俺もいるし、ナイジェルもいる』


 気遣わし気な低い声と真摯な金色の瞳を思い出し、胸がくすぐったいような、泣きたくなるような感覚に見舞われた。


『結局、ジェイドに頼ってしまったわ……』


 夢に出てきた恐ろしい男と同じ色を有する彼。疑うべきなのか、信じるべきなのか判断がつかないまま、流されるように図書館に一緒に来てしまった。


(けれど、あの不器用な優しさは、嘘じゃないって思える)


 根拠は何もない。そうであればいいという単なるフリージアの願望なのかもしれない。しかし、先ほど恐々といった風に肩に触れられた時、この人になら全てを預けても大丈夫だという、凍えていた体の芯がほぐれるような安心を感じたのだ。


(何であんな風に感じたのかしら? わたしはジェイドのことを、ほとんど知らないのに)


 ジェイドはあまり自分のことを話さない。ナイジェルとのやり取りを聴いている限りでは元は孤児院の出身で、女性と接するのがあまり得意でなさそうである。口数は少なく、発言する前にじっと何かを考えている様子からは慎重な性格であることがうかがい知れた。


 ――彼のことをもっと知りたい。自分のことも、知ってもらいたい。


(いつか記憶が戻ったら、その時は……たくさん話をしたいわ)


 フッと息を吐き、視線を鏡の中の自分に戻した瞬間、フリージアは凍り付いた。


 鏡越しに自分の背後に佇む黒い大きな影があった。緩い曲線を描く黒髪で顔が隠れているせいで顔立ちまでは判別できなかった。髪の隙間から炯々と輝く金色の瞳がこちらを窺っているではないか。


 途端に全身が粟立つ。


「ひっ!」


 フリージアは弾かれたように背後を振り返ったが、そこには誰もいなかった。激しい鼓動が耳を聾する中、恐怖を呑み込んで再び鏡面を確認したが、青ざめた自分の以外、何も映っていない。


『確かにあれは、夢に出てきた男と同じだった……』


 慎重に周囲を見渡しても、それらしき影は見当たらない。夢のことを気に病み過ぎて、とうとう幻まで見るようになってしまったのだろうか。――幻にしては、やけに生々しかった気がするけれど。


『いけない、ジェイドを待たせちゃっているわ』


 激しく跳ねる心臓を落ち着けようと、何度か深呼吸を繰り返した。

 ハンカチをしまい、トイレのドアノブに手をかけた時だった。


 何か強い力に腕を引かれた。悲鳴を上げる間もなく視界が回り、タイル張りの床に強かに尻を打ち付けた。


 何が起こったのか理解できずに呆然としていると、自分の足下、影の中から漆黒の茨の蔓が生えているのが見えた。いつの間にかしっかりと右腕に巻き付いていたそれは、黒い煙のように輪郭が揺らめいている。


『なっ、何!?』


 フリージアは尻で後退ったが、少しも移動しない間に、影の中から次々と茨が這い出てくる。両足首にきつく巻き付いて拘束し、コートの表面を這い上って胴に巻きついてくる。

 蔓はフリージアの両腕両脚を拘束すると、物凄い力で影の中へ彼女を引き込みだした。


『いやあっ!!』


 フリージアは床に爪を立てて抗うも、すでに左足が水面に沈むようにして影に潜っていた。

 影に触れた箇所から、ゾッと怖気が全身を駆け抜けた。まるで険しい崖の上から底の見えない深淵を覗き込んでいるような、腹の底が冷えるような不快感と恐怖。


『や、やめてえ!!』


 何とか少し腕を引き上げた刹那、目の前に金色の光が散った。


 パンッ!


 何かが破裂するような音がして、フリージアを拘束していた蔓がバラバラに弾け飛んだ。


『えっ……!?』


 無数の破片となって床に落下した蔓は、それぞれの欠片が芋虫のようにうぞうぞと蠢き、意志を持っているかのように床を這って一か所に集まりだした。


 フリージアはすぐに我に返って立ち上がり、勢いよくトイレのドアを押し開いて廊下へ躍り出た。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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