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最初に面会して以来、ナイジェルは何だかんだと理由をつけて、暇さえあれば修道院へ通っていた。そして、当然のようにジェイドも毎回同伴させられる。
ナイジェルは毎回手土産を持って行くため、順調にフリージアを餌付できているようで、彼女も二人の訪問を心待ちにしているようだった。
一か月後、ジェイドとナイジェルはフリージアを街へ連れ出した。
フリージアが修道院の生活に慣れるのを待ったのと、ジェイドとナイジェルの元に舞い込んでいた傭兵ギルドの依頼を片付ける必要があったため、想定したより時間がかかってしまったが、ようやく約束を果たすことができたのだ。
「フリージアちゃん。ここがメロリで一番若者に人気のある五番街だよ」
「ふわあああ……」
淡いブルーのワンピースに身を包んだフリージアは、目を輝かせて周囲を見渡した。これは修道院に寄付される衣類の中からもらった一着で、フリージアのお気に入りらしい。
五番街はかつてフゼンメールが帝国に支配されていた際に建築された建物が多く残る地域で、景観を損ねないように新しい開発が禁じられている区域だ。商店の看板も景色に溶け込むような色合いでなくてはならないと定められているため、洒落ているのに歴史も感じられる区域である。
流行りのカフェや人気の服飾店、スイーツ専門店やフゼンメールの郷土料理を現代風にアレンジしたレストランなどの人気店が軒を連ね、多くの買い物客と観光客が石畳の通りを行き交っている。
「お店、いっぱいで、ステキね!」
修道院で大陸共通語を習っているからなのか、フリージアの言葉は以前より格段に発音が良くなり、表現も豊かになった。同じ年齢の女性と比べるとどうしても口調が幼くなってしまうのは、難しい言い回しなどをまだ知らないからだろう。そんなところもナイジェルの心を鷲掴みにしているようだが。
「んもう、胸がキュンキュンしすぎて辛い♡」
フリージアは、デレデレと鼻の下を伸ばしているナイジェルの袖を引いた。
「ナイジェル、あれ、なにお店?」
「何の店かって? あれはねえ、カップケーキの専門店だよ。最近若い女の子の間で人気なんだって」
「ジェイド! 見て! クリーム、色いっぱい!」
フリージアは頬を紅潮させながら、そばを通りかかった店のショーケースに並ぶ、七色のクリームを絞ったカップケーキを指差した。店の窓が大きいので店内の様子がよく見える。パステルカラーで統一されたインテリアで、客の殆どが若い女性だった。
「ああ……。すごい色だな」
食べ物としてあり得ない色合いだと感じるのは、ジェイドが男性だからなのだろうか。子供向けの絵本から飛び出してきたようなカップケーキは、どう見ても美味しそくなさそうだが、フリージアはしきりに「かわいい!」と感激している。
「おいおい、オッサン臭い感想はやめてくれよ、ジェイド!」
ナイジェルは小馬鹿にしたような目線を送ってくる。流石は女好き。どうやら最近の流行を調べつくしているらしい。感心はしない。ただ呆れるだけだ。
ジェイドは肩を竦めた。
「フリージアちゃん、あれ食べてみたい?」
「うん! 食べたい!」
「ようし、じゃあ入ろうか」
「……俺は遠慮しておく。近くをうろついてるから、終わったら連絡してくれ」
仲良く手を繋いで、キャッキャウフフと店内へ入っていく二人に告げて踵を返す。
「何だよ、付き合い悪いな、ジェイド」
あんな可愛らしい店内で、大柄で眼光鋭い自分がパステルカラーの椅子に腰かけ、七色のカップケーキを頬張っている姿を想像するだけゾッとする。何より周りから見ても違和感しか覚えないだろう。軽い営業妨害だ。
「ジェイド、一緒、嫌?」
哀し気な声にハッと振り返ると、フリージアがしょんぼりと眉尻を下げながらこちらを窺っていた。ストロベリーブロンドの頭の上に、ぺたりと伏せた犬耳が見えるのは気のせいだろうか。
「わたし、三人一緒、したい」
「ぐっ……」
無下に断ることもできず、ジェイドは呻いた。
脳内で乙女チックな店内にいる自分と、犬耳フリージアを天秤にかけた。天秤が物凄い勢いでぐらぐらと揺れた後、ガターン!と大きな音を立ててフリージアの方に傾いた。
「……分かった。ただし、俺はカップケーキは食わないぞ」
重い溜息を吐いたジェイドに、フリージアは花が綻ぶような笑顔を向けた。
「嬉しい! 来て!」
フリージアはジェイドの手を引いて店内に進んで行く。その手の小ささと低めの体温に、何故か胸の奥がムズムズした。
「……お前って、何だかんだフリージアちゃんには甘いよな」
大人しく従うジェイドに、ナイジェルが半眼で呟いた。
「うるさい。さっさと注文しろ」
「へいへい。フリージアちゃん、どれにしよっか? やっぱりあの『虹色の雲と妖精の恋』がいいかな? それとも『くまちゃんのオシャレでオレンジな休日』?」
「ん~、あの、色いっぱいの!」
「了~解! すみません、『虹色の雲と妖精の恋』と、『いちご姫のお昼寝』ひとつずつください」
ジェイドは店員に商品名を告げて注文しているナイジェルを見て、入店前にカップケーキを食べないと宣言した自分を褒めた。あんなメルヘンチックでキラキラな商品名を口にするなど、どんな恐ろしい罰ゲームだ。三日間食事抜きで魔獣と戦った方がマシである。
「おいひい!!」
「良かったねえ、フリージアちゃん。俺の『いちご姫のお昼寝』も食べてみる?」
「たべる!」
ナイジェルがピンク色のクリームの上にいちごが載ったカップケーキを差し出すと、フリージアは彼が手に持ったままのそれに噛り付いた。
「ふへへ、『あ~ん』しちゃった♡」
満足そうに微笑むフリージアを見て、鼻の下を伸ばすナイジェル。控え目に言って気持ち悪い。
ジェイドは飲み物だけでも注文しようと思ったが、生憎とどれも齢二十三の成人男性が口にするにはあまりにも恥ずかしすぎるような商品名だったので、諦めた。
ジェイドが背もたれがハートや花の形をしたパステルカラーの椅子に腰かけて、辛抱強く二人が食べ終わるのを待っていると、店内で飲食していた若い女性客何人かがこちらをちらちら見ては、「ねえ、あれって宵闇の魔導剣士様と暁の魔銃士様じゃない!?」とか「やだ、椅子とのミスマッチ具合がかわいい!」などと囁き合っているのが聞こえてきた。
「フッ。やっぱり、俺も人気があるんだな」
ナイジェルは赤い髪をさらりとかき上げ、女性たちに流し目を送る。
(さっさと食え!)
ジェイドはフリージアに気付かれないようにナイジェルの椅子の脚を蹴ってやった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




